白央篤司の「食本書評」

男性社会で「主人」として生きる女の姿に引き込まれる! 『女将さん酒場』が伝える13人の悩みと決断

2021/11/10 16:00
白央篤司

自分の場所を持った女たちが抱えた悩みと、決断

(C)サイゾーウーマン

 女将というと「女房役」という印象を持つ方もいるだろう。

 「しかし、令和の時代、女将という職業、もっといえば生き方の幅は広がって」おり、「女房役でない新しい女将が誕生している。現代の女将は、自ら庖丁を握り、客をもてなす。どこかに所属するのではなく、自分の身銭を切って店を切り盛りする」のだ。冒頭で引用したイタリアンの渡邊さんがしたような就職の苦労は確かに減ったかもしれない。しかし、料理界は依然として男性のほうが多い。

 「キャリアを積んでも、妊娠、出産、育児という大事業」があると両立はやはり難しい。渋谷で小料理店「こしの」を営む越野美喜子さんは、子どもが大きくなった時点で仕事をしたいと望んだが「会社員経験のない主婦に門戸は開かれ」ず、自分で商売をやるしかないと思い至る。伊豆下田の居酒屋「賀楽太」の土屋佳代子さんは45歳のとき、子どもが独立した後「宿題を忘れたような何か物足りない気持ち」になって店を始めた。清澄白河で「酒と肴 ぼたん」を営む金岡由美さんは店を始めるとき「子どもを育てる人生か、子のいない人生か」をずいぶん悩まれたそう。「でも、私はこっち(店)を選んだんです」と。

 いろんな決断を経て、自分の場所を持った13人の女将たち。彼女たちの哲学、覚悟、そして「これだけは譲れない」といったものが店の核となっているのを読んでいてまざまざと感じた。良い客がついて離れないのは、核のある店だ。真核あればこそ、店はブレない。主人の確固たる価値観があればこそ、客はくつろぐことができる。そんな良店の姿を、歴史を、たっぷり味わうことのできる妙(たえ)なる本だった。

 あ、最後に! それぞれのお店のおいしい料理についても本著はしっかり触れられている。私は読んでいてもうたまらなくなり、清澄白河のお店に電話して、まだ読み終えていない『女将さん酒場』を片手に駆けつけてしまった。結果は大満足だったことを書き添えておく。これから残りの店をじっくり訪ねていこうと思う。


白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。

最終更新:2021/11/10 16:00
女将さん酒場
なにかと引き換えにしなくても選べる選択肢になりますように