男性社会で「主人」として生きる女の姿に引き込まれる! 『女将さん酒場』が伝える13人の悩みと決断
時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!
今月の1冊:『女将さん酒場』山田真由美著
よくある本だろうと思った。
日本各地の名物女将さんを紹介する、食べある記かグルメレポート。軽い気持ちで書店の棚から手に取り、数ページ読んでグイグイと引き込まれた。即買い。いわゆる酒場の女将さんたちも紹介されるが、中には食堂やラーメン店の店主、オーガニック料理店やイタリアンのオーナーシェフも含まれる。
このイタリアンのシェフ・渡邊マリコさんなる人のくだり、ちょっと長いが引用したい。
「女性を厨房で雇うわけにはいかない」
求人情報を頼りに、調理スタッフを募集しているイタリア料理店の門をたたくと、ことごとく断られた。時は一九九六年、男女雇用機会均等法が施行されて十年。性別を応募条件にすることはできないため、現場で男性が欲しいと思っていても、表向きは「性別問わず」と示さなければならなかった。渡邊さんは「男女問わず未経験可」の条件で、都内じゅうを探したが、いざ面接となると「ハードな仕事だから女性は無理」と返されてしまう。(中略)「そんなにやる気があるんだったら、ホールで雇いたい」と言われた。
著者の山田真由美さんは、この調子で実につぶさに、丹念に、飲食に従事する女性13人の人生を追っていく。年齢も飲食形態も様々な人々が、どうやって食の道に入り、店経営を志して、達成させたのか。そして今、自分の空間で何を生み出しているのかが描かれていく。
ただレポートするのではない。山田さんはそれぞれの女将さんの仕事を眺めつつ、いろいろな思いを膨らませ、ユニークな表現でそれらを伝えてくる。鎌倉の人気居酒屋「おおはま」の大濱幸恵さんの仕事ぶりは、
「カウンター越しにつぎつぎと料理を仕上げていく大濱さんを見ていると、マイルス・デイヴィスの『フォア・アンド・モア』というアルバムを思い出す。(中略)マイルスは、疾走感あふれるスリリングなセッションを繰り広げている。我が道に敵なし、とリズムを刻み続けるジャズの帝王と、目指す場所がクリアで、そこに向かって迷いなく前進しているように見える大濱さんとが重なるのだ」
といった表現で。オープンキッチンで料理人の動きを見ていると、たしかに音楽が心に再生されることがある。ある人は優雅なストリングスだったり、ある人はゆったりしたレゲエだったり。ああ、マイルスを感じに鎌倉に行ってみたくなる。
山田さんはライターであり編集者でありつつ、月に10日だけ酒場で女将さんとしても働いているという。つまりは同業者によるレポートなのだ。大根の皮や昆布(おそらく出汁用)を使ったお通しを「始末の料理」と表現し、最後まできれいに使い切らんとする料理人の姿勢を読み取る。彼女が紹介する女将さんたちの店や味に共通することとして「ほどよく箸がすすみ、酒がうまく、疲れない」というのを挙げているが、きっとこれは山田さんも目指していることなのだろう。
そういう場所を提供したいと願い、実践している人たちに「もうひとりの自分」を見い出し、激しく共感するのではないか。彼女たちの人生や矜持を知りたい、書き残しておきたいという熱いものを何度もこの本から感じた。