話題のエッセー『常識のない喫茶店』と、『スカートのアンソロジー』に通底するハラスメントにNOを突き付けるための姿勢
保田 もう1冊紹介したい本は『スカートのアンソロジー』(朝倉かすみ・選、光文社)です。スカートを媒介に多彩でイメージ豊かな世界をいくつも旅することができる、読書の醍醐味を満喫できる作品集でした。「老若男女問わず、着たいスカートを穿ける世界」を肯定したいという祈りが込められているような作品が多いです。
A子 “スカートが性犯罪に文字通り牙をむくようになった世界”を書いた「スカート・デンタータ」(藤野可織・著)も気になるし、スカートを“男性しかはけない特権的な衣服”とする架空の民族記録を書いた「スカートを穿いた男たち」(佐藤亜紀・著)もジェンダーを再構築する世界観で面白そうです。
保田 どれも良作ですが、ここでは『常識のない喫茶店』で描かれた「嫌なものを嫌と言える人の強さ」を真裏から見せるような「半身」(吉川トリコ・著)を紹介したいです。
A子 幼少期、短いスカートで下着を見せて踊るCMに出演していた女性・きよみが、一児の母として生きる姿を描いた短編ですね。
保田 幼少期から仕事を始めているので彼女も被害者ですが、きよみは嫌な仕事に嫌と言えずに育った女性なんですね。自分の感情を無視して生きてきたから、周囲の人の感情を推し量ることも苦手で、ママ友や夫から距離を置かれるような言動を頻繁に繰り返してしまう。娘も愛しているけど、どこかで自分の好きにしていいと思っているんです。
A子 自分が母親からそう扱われていたから……現実でも起こり得る、悲しい連鎖ですね。
保田 けれども娘を育てることで、理不尽な環境に置かれていた自身の幼少期に向き合い、何が正しいかはまったくわからないまま、娘は自分と違う道を進んでほしいともがいてもいるんです。終盤、不穏ながらもきよみに「嫌」と言えるかもしれない娘の姿に、希望を映し出す構成が巧みでした。多様な価値観が併存する現代の困難を見据えつつ、もがきながら1ミリでも前へ進むことの美しさが繊細に描かれています。
(保田夏子)
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