女性の幸せは「不当」なの?/愛情は素晴らしいが、すがって生きるものではない/差別心は「親しみ」の裏返し【サイ女の本棚】
保田 小説は直接社会を救うことはできませんが、他者に少しでも何かを伝えたい時に必要になる想像力を養うためにも、必要なものだと思います。というわけで、今回はもう1冊も、小説『短くて恐ろしいフィルの時代』をおススメしたいです。日本では2011年に出版され、8月に文庫版が発売されました。
A子 17年ごろ、本作訳者である岸本佐知子氏がSNSで紹介したことで、話題になった覚えがあります。
保田 国民が1人しか入れないほど小さい「内ホーナー国」と、巨大な「外ホーナー国」を中心に、牧歌的な雰囲気が漂うおとぎ話のような文体でつづられる小説です。登場人物の体は植物や機械などからできていて、造形が独特なので、読者が頭の中で想像する形も色彩も、一人ひとりかなり異なると思います。
A子 同じ作品を読んでも、それぞれ全く違うビジュアルを想像して楽しめるのは読書の醍醐味ですね。その概要を聞くと、かわいらしい話にも聞こえます。
保田 朴訥とした雰囲気のまま、外ホーナー国から内ホーナー国への弾圧が始まり、独裁者フィルを中心に過激化し、独裁国家となる一部始終が描かれます。詩的な世界観の下で、異質な他者は弾圧してよいと結論付ける人々の滑稽さを風刺するというミスマッチさが、この本の魅力を深めています。他人を見下す差別心の萌芽は、「自分に似ている人を親しく思う」という、誰でも持っている自然な心理の裏返しであることが明確に指摘されていてぞっとしました。
A子 抽象化されているからこそ、国を超えて響く強度のある作品になっているんですね。独裁者を歓迎する心理や差別心も、人ごとではなく自身含めて誰の心の内にあるもの――と、言うのは簡単ですが、実際自覚するのは難しい……。
保田 最終的には「創造主」が世界をリセットしてしまうので、『短くて恐ろしい~』で済みますが、国内を見ても世界を見ても、現実では『“短くはない”恐ろしいフィルの時代』が生まれる素地はどこにでもありうると感じます。
(保田夏子)
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