コラム
高橋ユキ【悪女の履歴書】

舌を噛み切り、喉に包丁を突き立て……団地ママ友3人の深い情欲と恨み【福岡 レズビアン殺人事件:後編】

2021/08/28 17:00
高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)
写真ACより

 1973(昭和48)年2月28日、東福岡署(現・東警察署)に、福岡市の市営住宅に住む池田美里が連行された。池田と同じ団地に暮らす紀子さんは、喉に刺身包丁を用いたと思しき3カ所の刺し傷が認められ、その下腹部は刺身包丁で刺しえぐられていた。

 ふたりが暮らしていたのは、1957年建設の古い市営住宅。102棟で、1棟が2戸の2棟長屋式だった。隣近所の暮らしぶりがすぐ覗けるような団地だ。その主婦同士が加害者、被害者となった凄惨な殺人事件は、近所のものたちの格好のうわさのタネとなった。というより、美里と紀子さんは、事件の前から、うわさの的のふたりだった。

「もうしょっちゅう、池田さんは紀子さんの家に上がり込んどったですね。我が家とおんなじだったですよ」
「ほんとにもうべったりだったですね。あの人たち、同性愛じゃなかね、とうわさが立つくらい」
「仲がよすぎて、憎さ百倍になったとじゃなかですか。ふつうの付き合いじゃなかったですもんねえ」

 ふたりがどちらかの家を訪ねると、すぐにバタバタと雨戸を閉めるといったことからも、うわさは信憑性を増して広まっていった。

▼前回まで▼

金銭トラブルと別にあった問題

 こうした背景から、事件までのふたりの動向は近所のものたちに広く知られていた。それによれば、ふたりは事件前年から、一緒に団地のマーケットで食堂を開くことを計画し、その準備金として美里が紀子さんに170万円を貸していたのだという。加えて、ふたりの関係を知ったと思しき紀子さんの夫が家を出ていったことから、美里は紀子さん家族の生活の面倒も見ていたといわれる。美里の夫が110番通報した際に語っていた「金のもつれ」は確かにあった。

 ところが、事件直前、ふたりの関係は急激に悪くなっていった。事件当日の朝、紀子さん宅に押しかけた美里は、長女が登校したあとを見計らって、6畳間の布団の中で紀子さんを求め、キスをしたが紀子さんは盛り上がってくれない。それをなじると「もう帰んしゃい。来んでよか、と冷たくいわれた」(美里の供述)。

 逆上した美里は、吸っていた紀子さんの舌を噛み切り、台所から刺身包丁を取り出して喉にその刃を突き立てたのだった。6畳間の隅には、噛み切られた舌がころがっており、喉には、折れた包丁の先端部分が残されていた。

 犯行現場からは深い恨みが臭い立つが、この恨みの源泉は金のトラブルだけではない。事件直前に紀子さんが冷たくなったのには理由があった。紀子さんは同じ団地内で、別の主婦と親密な関係になっていたのである。

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