コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

母のおもらしが増え、家中が臭くなり、怒鳴る父……変わってしまった実家に娘の複雑な思い

2021/08/29 18:00
坂口鈴香(ライター)

 今野さんもショックを受けたが、次郎さんが一番ショックを受けたようだった。追い打ちをかけるように、弟は「免許を返納しろ」と怒鳴った。弟の怒りも無理はないと言いながら、今野さんは次郎さんに同情する気持ちもある。

「弟は私にも父に車の運転を辞めるように言ってくれと言うのですが、田舎なので車がないと何もできなくなるんです。通院や買い物も一人では行けないので、私には父から車を取り上げることはできません」

 次郎さんは昌子さんがホームに入ったので、再び米づくりをする気でいる。

「父は農業が生きがいなんです。少々記憶が悪くなっていても、長年農業をやってきた父なら米づくりもできるでしょう。トラクターを運転するためにも免許は必要なので、なおさら免許を返納してとは言えないんです」

  今野さんは逡巡する。そして、夫にイヤな顔をされながらも、たびたび足を運んできた実家に行く回数も減りがちになってきた。

「父には申し訳ないのですが、母が家にいなくなると実家への足も重くなってしまいました。時々父の昼ご飯を買って、顔を見に行くのが精いっぱいです」

 弟夫婦は働いているので、日中は次郎さん一人だ。食事も相変わらず、弟家族とは別にしているという。

「父は食べ慣れない若い人向けの食事はイヤだと言うし。それでもコンビニ弁当よりはいいと思うんですが」

 今となっては、両親が弟家族と同居していてもあまりメリットはなかったと思う。

 結局、母親がいるところがふるさとだったのだろう。実家に行きたくない気持ちを奮い起こすように、実家近くに住んでいる友達と会う約束をしてから実家に行くようになった。

「何か楽しみがないと、つらくて……」

 結果的に、今野さんが実家に足しげく通うのを嫌がっていた夫に従う形になってしまった。「皮肉なものですね」とさびしく笑った。

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2021/08/29 18:00
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