芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

実在の事件を忠実に描いた人気韓国映画『殺人の追憶』、ポン・ジュノが劇中にちりばめた“本当の犯人”の存在

2021/08/06 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『殺人の追憶』

『殺人の追憶』(アミューズソフトエンタテインメント)

 韓国現代史には「3大未解決事件」と呼ばれる凶悪な犯罪事件がある。1986年から91年まで京畿道(キョンギド)・華城(ファソン)一帯で10人の女性がレイプ・殺害された「華城連続殺人事件」、91年に5人の小学生がサンショウウオを取りに行くと家を出たあと行方不明になり、11年後に白骨化した遺体が発見された「カエル少年失踪事件(事件当初、誤ってサンショウウオではなくカエルと伝えられたため、このように呼ばれた)」、同じく91年、ソウルで男子小学生が誘拐されたが、数十回に及ぶ犯人とのやりとりにもかかわらず身代金のみを奪われて逮捕に失敗、男児が1カ月後に遺体で発見された「イ・ヒョンホ君誘拐殺害事件」である。

 韓国社会を震撼させたこれらの事件はすでに時効を過ぎているが、現在に至るまでたびたびテレビで取り上げられ、ドラマや映画のモチーフになってきた。映画化作品だけでも、華城連続殺人事件は『殺人の追憶』(ポン・ジュノ監督、03)、カエル少年失踪事件は『帰ってきて カエル少年』(チョ・グマン監督、92、日本未公開)『カエル少年失踪殺人事件』(イ・ギュマン監督、11)、イ・ヒョンホ君誘拐殺人事件は『あいつの声』(パク・チョンピョ監督、07)が挙げられる。

 未解決事件に対する国民の関心の高さが見て取れるが、これらがなぜ「未解決」なのかは、事件当時の初動捜査ミスや証拠捏造、誤認逮捕など、警察側の体制の問題や未熟な科学捜査技術なども問題だったというのが、世間一般の認識である。

 ところが2019年、突然舞い込んだ1本のニュースが韓国全体を驚愕させた。華城連続殺人事件の真犯人が特定されたというのだ。犯人の名前は「イ・チュンジェ」で、94年に義妹をレイプ・殺害した罪で逮捕、無期懲役の判決を受けて現在も服役中。最初の事件からは33年もの年月がたってついに、事件は解決を見せたのだ。すでに時効を迎えているため法的に彼の罪を問うことは不可能なものの、警察はあきらめずに唯一の手掛かりとされていたDNA捜査を続け、そのかいあって犯人特定に至った。警察側の技術や体制も、さすがに進歩していたようである。

 このニュースによって再び注目を集めたのが、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』だった。公開当時の監督のコメント「犯人は必ず捕まる」「忘れないことが犯人への懲罰になる」が再び取り上げられ、刑事役を務めたキム・サンギョンも最近「事件がようやく終わったことで、被害者や遺族が少しでも慰められることを願う」とコメントを出した。

 映画の再上映が相次ぎ、映画で描かれた犯行内容や犯人像がかなり実態に迫っていたことも話題となった。ちなみに真犯人は刑務所内でこの映画を見たそうだが、「別に何も感じなかった」と話したという。

 今回のコラムでは、『パラサイト 半地下の家族』でいまや韓国の国宝ともうたわれるポン・ジュノ監督の出世作となった『殺人の追憶』を取り上げ、映画と実際の事件を照らし合わせてみるとともに、映画の中で監督が描き出そうとした「韓国」についても考えてみたい。

<物語>

 1986年の京畿道・華城。田園風景の広がる田舎の用水路で、レイプ・殺害された若い女性の遺体が発見され、同様の犯行が相次いだことで一帯は恐怖に包まれる。地元警察はク・ヒボン課長(ピョン・ヒボン)のもと、刑事パク・トゥマン(ソン・ガンホ)とチョ・ヨング(キム・レハ)、そしてソウル市警からやってきたソ・テユン(キム・サンギョン)が加わり、捜査に当たることに。「勘」に頼るパク刑事と、書類などの証拠に基づき綿密な捜査を進めていくソ刑事は、ことごとく衝突する。そんな中、パクは知的障害を持つクァンホ(パク・ノシク)を容疑者として逮捕するが、現場検証で彼は犯行を否定、自白も捏造によるものだったことが判明し、ク課長は罷免される。

 後任のシン・ドンチョル課長(ソン・ジェホ)のもと、再び捜査は振り出しに。「雨の日」「赤い服を着た女性が犯行の対象」という共通点からおとり捜査を試みるも、犯行はやまず、刑事らは窮地に追い込まれていく。女性警察官のギオク(コ・ソヒ)が見つけたもうひとつの共通点から、新たな容疑者パク・ヒョンギュ(パク・へイル)が浮上するが、彼は犯行を全面否定。刑事らは動かぬ証拠を手に入れるために、最後の一手に打って出るが……。

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