中学受験塾に洗脳されていた私……「T学園に入りたいのは、僕じゃなくてママ」息子の涙に目が覚めて
5年生に上がると、講義のスピードも上がり、塾の宿題も相当な量が出されたという。
「義則はテニスをやっていたんですが、塾から『テニスと受験、どっちが将来に大事だ? お前はT学園に行きたいんじゃないのか?』って迫られて、結局、5年の秋にテニスもやめてしまいました。その頃からですね、義則に謎の湿疹が出るようになったのは。かきむしるので、血だらけになっていることもありました。それにチックの症状も出るようになってしまって」
5年生の頃の義則君は、T学園も十分合格圏内という偏差値をキープしていたのだが、それから徐々に成績が下がっていくようになったそうだ。
「あの頃の私は、塾に洗脳されていたとしか思えません。もう『義則を絶対にT学園に入れなければならない!』ってことしか考えてなかったんです」
そんな6年初夏のある日、菜々美さんに塾からこんな電話があったという。
「義則君が『T学園特訓講座』に来ていません」
義則君は、塾のある駅で降りずに、そのまま電車に乗って、他県にある終点まで行っていたということが判明。夜遅く、自宅に戻って来た義則君に、菜々美さんは怒りをぶつけてしまったそうだ。
「アンタ、どういうつもり? 特訓講座は高いねんで? みんながT学園目指して、頑張ってるのに、こんなことして入れるわけないやろ! もう、受験なんてやめてしまえ!」
義則君はその時、泣きながら菜々美さんに言ったという。「T学園に入りたいのは、僕じゃなくママやろ?」と。
「ショックでした。その通りだったんです。思えば、義則の口から『T学園に行きたい』なんて言葉は出たこともない。私が『T学園に行きたいんやろ?』って言って、頷かせていたんです」
菜々美さんは当時、「私は母親失格」と言って、筆者に相談してくれた。
よくよく聞けば、別れた夫は、「T学園より偏差値や大学合格実績で見劣りする」という中高一貫校の出身。菜々美さんには、一人息子に、元夫よりもいい学歴をつけて、見返してやりたいという心理が働いていたようだ。
これは「中学受験あるある」なのだが、子どもが受験を頑張る理由に「親を喜ばせたい」というものがある。お母さんやお父さんの喜ぶ顔が見たくて、自分の気持ちを殺してでも、親の意思を優先してしまうことは珍しいことではないのだ。