カルチャー
[サイジョの本棚]

コロナ禍の今こそ読みたい! 近現代の作家たちの“死生観”から死への「うろたえかた」を見つめ直す『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』

2021/03/03 16:30
保田夏子

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』(著:内藤理恵子/日本実業出版社)

『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』


【概要】

 “アニメやゲームに育てられてきた”と述べるロストジェネレーション世代の宗教研究者・内藤理恵子氏が、聖書、夏目漱石の『こころ』、コロナ禍でベストセラーとなったカミュの『ペスト』、ドストエフスキーやカフカから、村上春樹や手塚治虫、水木しげる、映画やゲームなど、古典から現代エンタメまで縦横無尽に「死生観」にフォーカスを当てて読解した評論集。

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 新型コロナウイルスに世界中が振り回されたこの一年。誰もが人ごととは思えないレベルで日常生活が侵食され、生活の変容を余儀なくされたこの年、環境が変わったり独りの時間が増えたりしたことで、「死」や「命」について世間や身近な人との考えのズレに気づき、平常時には考えてこなかった自身の死生観と向き合った人も多いだろう。

 『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』は、文学は「鬱々とした死の不安に立ち向かうための『盾』になる」と信じる著者が、普段は敬遠されがちな「死への思索」をフックに、文芸作品や哲学思想がどのように死と対峙してきたかを、ユーモアを込めて親しみやすく提示してくれる評論集だ。さらに、漫画や映画など文学以外の現代エンタメ作品に受け継がれているそれらの思想も読み解き、現代に生きる私たちと縁遠い文豪や哲学者の思想に梯子をかけてくれる、まさに「入門」の1冊となっている。

 漫画家・水木しげるが戦地で自己を保つため『ゲーテとの対話』を携えて前線に立ったエピソードに触れつつ、現代を「古典から死生観を学び直す時期にさしかかっていると思う」と見る著者は、文学に現れる死を、独自の切り口で解釈し、哲学者・宗教研究者ならではの知見を加えて現代の読者に向けて再構築してみせる。

 例えば、第2章では自死した芥川龍之介の著作から、彼がショーペンハウアーを源流とするペシミズム(厭世主義)やキリスト教からどのような影響を受けたかを読み取ると同時に、ショーペンハウアー自身は現実の厭世観を癒やすために、「筋トレ」「睡眠」「美しい人(をベースとした芸術)」を勧めていたことを読者に示す。

 第3章では、夏目漱石『こころ』と村上春樹『7番目の男』(『こころ』のオマージュ作であるともいわれる)の相違を論じつつ、一貫して自決の美学を否定し、「グズグズした生」を肯定する春樹作品の死生観の源流を探る。第8章では、半年後に人類の滅亡が決定している、というシチュエーションで展開されるSFミステリー『地上最後の刑事』(ベン・H・ウィンタース)を取り上げ、「どうせ死ぬのになぜ生きる?」という究極の命題から哲学者・ベルクソンの思想につなげつつ、読者自身の“答え”を促す。

 さらにコラムでは“悪魔(メフィスト)が語る”というスタイルで、カジュアルな語り口で論を補足する。著者自身による、少しゆるめの作品図解イラストなど、折々に挟み込まれた遊び心が「死」という深刻なテーマの箸休めとなりつつ、「死」への不安や怖れなど、いわばネガティブな感情が、芸術の発展に大きく寄与してきた側面もあぶり出していく。

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