「みんな死にました」スーパーの男子トイレで弁当を食らう万引き犯は、東日本大震災の被災者だった
「どうした? トイレのヤツ、来たの?」
「はい、お弁当とかいくつか持って、トイレに入っていくのを見ました」
「精算してないのは、間違いないね」
「はい。入りから見ていたので、間違いないです。食べていれば捕まえられますけど、どうやって確認しましょうか」
「わかった、まかせて」
何か考えがあるのか、迷うことなくトイレの中に入っていった店長は、誰もいないことを確認してから私を呼び入れました。息を殺して、耳を澄ませると、施錠された個室内からお弁当をつつく音が聞こえてきます。その瞬間、扉の上部に手をかけて懸垂の要領でよじ登った店長が、室内にいる後藤さんに向けて怒鳴りました。
「おい、こら。カネ払ってないのに、食ったらダメだろ」
「す、すみません」
「早く出て来てくれる?」
「はい、ちょっと待ってください」
逃走や立てこもりを危惧しながら、個室から後藤さんが出てくるのを待っていると、ズボンのチャックを上げる音に続いてベルトを閉める音が聞こえてきました。どうやらお尻を出しながら食事をしていたようで、どんな環境で暮らしてきた人なのか気になります。水を流す音と共に、個室の扉が開くと、気まずそうな顔をした後藤さんが床を見ながら出てきました。
「すみません、本当にごめんなさい」
「悪いけど謝って済む問題じゃないよ。あんた、何度もやってるだろ? ゴミも片付けねえで……」
店長の言葉に反応して、個室内に散らばるゴミと盗品を片付け始めた後藤さんは、それらを腕に抱えて、あらためて出てきました。証拠保全のため、食べかけの海鮮あんかけ焼きそばと飲みかけのエナジードリンクだけは預かり、その他の商品は本人に持たせて事務所に向かいます。応接室に入り、未精算の商品をテーブルに並べてもらうと、にぎり寿司ととろろそばは、すでに完食されていました。カマンベールチーズとシュークリームは、未開封の状態で回収できましたが、トイレに持ち込まれていることから、商品として売ることはできません。被害合計は、4,000円ほど。後藤さんに所持金を聞けば皆無で、立て替えてくれる人の心あたりもないと話しています。
身分を証明できるものがあるか尋ねると、自動車免許証を提示されました。それによると、後藤さんは22歳。住所が宮城県内になっているので、不審に思い確認すれば、この店の近くにある団地の敷地内に停めたワンボックス車の中で生活していると答えます。
「ご家族は、宮城にいらっしゃるの?」
「いえ、大震災の時に、みんな死にました」
可哀想なことを聞いてしまった気持ちになり、次の言葉を失っていると、後藤さんが小さな声で話し始めました。
「僕が学校に行ってる間に、両親と祖母が流されちゃって、みんな死んじゃったんです。親戚もいないから、18まで施設で暮らしていました。就職が決まって、そこを出たんですけど、寮で先輩とケンカしてやめちゃってから、ずっと仕事が見つからなくて……」
話によると不憫な境遇にあるようですが、鼻につけられた輪っかと顔の至る所に刺さる待ち針のようなピアスが、湧き上がる同情心を打ち消します。すると、これまで黙って話を聞いていた店長が、寂しげな顔で感傷的な雰囲気を醸し出す後藤さんに言いました。
「いろいろあって大変みたいだけど、人様のモノに手をつけたことに変わりはないから。警察が来るまで、そこでおとなしくしていろよ」
まもなく臨場した警察官の手により警察署まで連行された後藤さんは、その後の調べで、根城としていたワゴン車も盗んでいたことも判明。そちらの容疑で逮捕となり、万引きの件は、別日の調べとなりました。後日、刑事さんから、震災時の話は本当のことと聞き、やるせない気持ちにさせられた次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)