94歳、“オンナ詐欺師”の仰天「ホラ吹き」人生ーー「年寄りには親切に」を逆手に【岡山・高齢女性詐欺師:前編】
世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。
第一次オイルショックにより、令和の今も有事の際に起こるトイレットペーパー買い占め騒動が頻発し、ツチノコブームに沸いた昭和48年。秋の昼下がり、新幹線の岡山駅に一人の小柄な和服姿の老婆が降り立った。
白髪をまとめ、コウモリ傘を片手に柔らかな眼差しを周囲に向ける。ぴったりと寄り添う中年男性は、この老婆の背中に優しく手を添えて歩く。事情を知らないものが2人を見れば、親孝行の息子が年老いた母親をいたわっているように見えたかもしれない。
ところが彼女は、近づいて何か問いかけた男に、一喝した。
「歩きながらモノを尋ねるとは失礼じゃ! ちゃんと記者会見せい!!」
中年男性は刑事であった。この元気な老婆は桐山トミヨ(仮名)、83歳。静岡から岡山へ護送中の一幕であった。
【岡山 高齢女性詐欺師】
「おばあちゃん、前にも悪いことしたことがある?」
「……」
「こんどが初めて?」
「うん」
「大正時代にも、警察にやっかいになったのとちがう?」
「どうして知ってるの?」
「そら、やっぱり」
「これから言うつもりだったんだ、聞きたくないの?」
「むむっ……」
取調官が言葉に詰まると、トミヨはニヤリと笑って言う。
「すまんがお茶をください」
仕方なくお茶を出すと、
「お茶菓子は羊羹がいい」
万事そんな調子で、取り調べが一向にはかどらない。課長も記者らにこぼした。
「“年寄りには親切に”という気持ちを逆手に取ったやり方で、まったく腹が立ちます」
被害総額は600万円。3年間で実に40件もの詐欺を働いたトミヨが岡山西署で指名手配され、9月29日に静岡・浜松市で逮捕されたのは、同県に住むGさん夫婦の通報によるものだった。だまし取られた金額は2万6000円であったが、親切を裏切られたという精神的ショックは大きかったようだ。
Gさんが勤めていた浜松駅近くの旅行代理店にトミヨが立ち寄ったのが、二人の出会いである。日傘と風呂敷包みを持ったトミヨは、「滝本キヨ」と偽名を使い「神戸から東京へ行くところだが旅館を世話してほしい」と頼んだ。対応したGさんが3,500円のクーポン券を渡すと、トミヨはおもむろに懐から折り目のない五千円札を差し出し、言った。
「あんたは親切な人や。近いうちにお礼に行くから住所を教えてくれんかの」
のち、本当にGさんのもとを訪れたトミヨは、出迎えてくれたGさんの妻、ウメさんに身の上話を始めた。
「自分は東京の足立区に住む宝石鑑定士だが、周りの者と折り合いが悪い」
……このように語るトミヨに同情したウメさんは、その晩、トミヨを自宅に泊めた。そのうえ「銀座のど真ん中にタバコ屋を持っていたが、500万円で売った」など語りながら「米原の知り合いのところへ行くのに、いま持ち合わせがない」と言い、数回にわけて金をだまし取ったのである。
もちろん、Gさん夫妻はこのとき自分たちがだまされたなどとは思ってもいなかったが、9月24日付の静岡新聞で、トミヨが詐欺罪で指名手配されていることを知る。愕然としていたこの夫妻のもとに26日、なぜかトミヨが舞い戻ってきた。ウメさんは慌てて110番通報。そしてトミヨは逮捕されたのだった。