コラム
【連載】堀江宏樹に聞く! 日本の“アウト”皇室史!!

皇族の結婚と「皇族費」のリアルな内情――支給金は「庶民の生活費の625倍」!? 知られざる日本の皇室史

2020/12/12 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

堀江 梨本宮守正親王のご職業は軍人なのですが、殿下の月収が30円だったところ、伊都子さまには結婚後もご実家・鍋島家から毎月50円の「化粧代」つまりお小遣いが手渡されていたといいます。

 本当の庶民の一家は、毎月6円で生計を立てていた時代の話ですよ。さらに、というか後には皇族特典ともいうべきものがありました。梨本宮家には、皇族費として宮内省から与えられていたお金があるわけですが、それが1年あたり4万5,000円。

 だから夫の宮さまからも伊都子さまは毎月100円をお小遣いとしてもらっていて、自由になるお金が合計150円もありました。ご趣味は歌舞伎観劇や買い物、旅行だったようですが、使いきれずに大部分が貯金に回されたそうです……。しかもそれだけ金満家でいらっしゃるのに、自分の手にお金というものを握ったことさえない(笑)。お付きの者がすべて支払うそうですね。これは夫である宮さまも日本ではそういうことだったそうですが。

――ふわぁ……。使いきれず、というのが本当に雲の上の世界ですね……。

堀江 貧しい庶民の生活費の実に625倍ものお金が皇族費として支給ですもの。でもこの時、凄まじい贅沢を経験したからこそ、第二次世界大戦後には恐ろしく惨めな思いをなさることになるのですが、それはまた後ほど。

 怒涛の結婚儀式の次は、成婚後もなおも続く、それは厳しいお妃教育の一貫として、フランス語、和歌、書道、歴史などの授業を宮邸にて受ける毎日でした。そして、妃殿下としてもっとも重要な仕事が伊都子さまの前に現れるのです。いったいそれは何だと思いますか?

――お子様を授かる……とかですか?

堀江 それも大事ですね(笑)。伊都子さまは結婚からまもなくしてお二人のお嬢様の母上となられました。長女が、朝鮮王朝の主・李王家に嫁いだ方子さま)です。次女の規子さまは、山階宮武彦王という宮さまから熱烈に求婚をうけたのに、一方的な理由で婚約破棄され、ひどい目にあったりもしました。それらの話は次回に。

 ……それで、お話を「妃殿下の大事なお仕事」に戻しますと、それはいわゆる看護婦業務なんですね。

――えぇっ、看護婦ですか?

堀江 そうです。1900年(明治33年)の日露戦争開戦の頃から、伊都子さまはかなり専門的に看護医学を実地で学んだ記録を残しておられます。たとえば、赤十字病院では(おそらく末期の)乳がんの手術、ついで骨が腐ってウミをもった患者の腕が切り落とされる様を見学……。

 前者では3週間後、後者は4週間後に包帯巻きかえする件など、熱心にメモを残されているのでした。

――慰問がメインなのかと思いきや、ガチな看護業務じゃないですか!それもひどい手術を見学させられてますね。メンタル大丈夫だったのかな……。

堀江 そうなんですよ。ほかにも「緊急タンカ造り」とか野戦病院での看護法の勉強などもして、「看護学修業証書」を赤十字社から受け取られるまでになりました。

 その後は、慰問に加えて実際に負傷兵への看護活動や、包帯の準備などで大忙しだったようです。日露戦争中は、伊都子さまの表現によると「旅順方面からどしどし」帰ってくる負傷兵の包帯交換なども行います。凍傷で手足の指がもげてしまった兵士の手当まで、なんと妃殿下が行っているんですね。手術に立ち会って、医者に協力もしています。それも半日ぶっとおし。

 ほかには患者の姿に接する中で、義手や杖を考案までしています。おまけに、これらと慰問活動は平行して行わねばなりません。これらが伊都子さまに期待される妃殿下としての活動だったというのだから、驚きとしかいいようがありません。

 また、フランスに軍人として留学していた夫・梨本宮守正親王が明治37年(1904年)4月に一時帰国するのですが、再会の喜びもつかの間、宮さまは戦地に派遣されることになっており、死を覚悟しての送り出しとなったのでした。実際、赴任地の満州で恐ろしいのは敵襲だけでなく、疫病もそうなのです。不衛生な環境から宮さまは赤痢になり、一時は生命すら危なかったのです。

――妻は負傷兵に尽くす看護婦、夫は最前線の軍人ですか。戦前の皇族って想像以上に大変だったのですね。

堀江 そうなんですよ。戦前の皇族男性は100%軍人になることが決定しているのです。特別な身分だからといって、戦争中に特別に守られることはありません。しかしそれだからこそ、伊都子さまとしては日本軍が中国・旅順でロシア軍を攻略した瞬間、つまり日露戦争勝利決定の瞬間、嬉しかったようですね。1905年(明治38年)1月1日のことでした。

 その2日後の1月3日には、のちの大正天皇の皇后である節子妃(当時皇太子妃)が、第二王子・高松宮宣仁親王を出産。日本中が狂喜するイベントが立て続けに起きたのです。この頃の日本は確かに上昇気流に乗っているように見えました。

――戦前の梨本宮家は裕福だったかもしれないけれど、その分、ご苦労も多かったのでしょうね……。

堀江 次回は、第二次世界大戦前後までの伊都子さま、子育てのご様子などを取り上げようと思います。

 

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2020/12/12 17:00
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