韓国で英雄視される「義烈団」と、日本警察の攻防――映画『密偵』から読み解く、朝鮮戦争と抗日運動の歴史
そして、イ・ジョンチュルとともにもう一人、映画の主要人物であるキム・ウジンは、人気俳優のコン・ユが演じていることもあり、頭脳的な好人物として描かれている。前述のように、モデルとなった義烈団メンバー、キム・シヒョンとファン・オクとの事実関係については定かではないものの、裁判でキム・シヒョンがファン・オクをかばったという事実が、映画での2人の関係を想像させたと考えられる。
明治大学法学部を卒業したキム・シヒョンは、朝鮮独立に身を投じる決意をして義烈団に入り、活動の中で逮捕と釈放を繰り返したが、とりわけ壮絶だったのは独立後の歩みだ。抗日活動の実績を評価されて国会議員になったものの、李承晩(イ・スンマン)大統領の悪政に憤った彼は、元義烈団メンバーを使って大統領の暗殺を試みたのだ。事実、1952年に演説会場にて、登壇している李承晩のすぐ背後で、彼に銃を向ける男を捉えた衝撃的な写真も残っている。
だが、元メンバーが手にした銃は不発に終わり、捕らえられたキム・シヒョンは「私が銃を持てばよかった」と叫んだという。これによって死刑宣告を受けた彼は、1960年に起こった「4.19革命」で李政権が倒れたことにより赦免され、再び国会議員に返り咲くも、朴正煕(パク・チョンヒ)による軍事クーデター後に政界から引退。1973年に他界した。
ちなみに、キム・ウジンの恋人であった義烈団の女性メンバー、ヨン・ゲスンは、実際には妓生(キーセン、日本でいう芸者)出身のヒョン・ゲオクがモデルとなっており、英語とドイツ語が堪能だった彼女は、後に旧ソ連に亡命したとの記録が残っている。映画のような拷問死を迎えてはいないが、義烈団には少なからず女性も所属しており、中には悲惨な最期を遂げた者もあったのだろう。
以上が本作をめぐる、史実と映画を比較した結果である。細部においては、必ずしも史実をなぞっているわけではないものの、物語の展開や登場人物の描写は概ね一致していることがわかるだろう。ただし、映画の終盤で描かれるイ・ジョンチュルによる爆弾事件が、完全なるフィクションである点は押さえておかねばならない。