[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国で英雄視される「義烈団」と、日本警察の攻防――映画『密偵』から読み解く、朝鮮戦争と抗日運動の歴史

2020/11/27 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

「史実とフィクション」を混ぜる、重要度と危険性

 植民地時代を舞台にした映画では、しばしば京城を舞台に独立運動家による破壊・暗殺行為や、日本警察との銃撃戦がスリルたっぷりに描かれる。だがそのほとんど(99%といってもいいだろう)はフィクションが混ざっており、朝鮮人が実際にはできなかったことへの欲望を満たす「ファンタジー」の役割を、映画が果たしているといえよう。

 ナショナリズム理論の教科書ともいえる著作『想像の共同体』で、明確な形として存在しない<国家>の概念がどのように人々に共有され、<国民>を形成していくかを論じたベネディクト・アンダーソンによると、人々がナショナリズムを内面化していく段階では、誰もが知っている「偉人」より、誰もがなりえたかもしれない「無名勇士」のほうが効果的なのだそう。朝鮮の歴史で考えるならば、伊藤博文を暗殺した英雄・安重根(アン・ジュングン)を賛美していた時代は終わりを告げ、まだ十分には知られていない活動家たちを掘り起こす、ナショナリズムの新たな局面を迎えているのだろうか。

 歴史に対して多様な視点を持ち、再評価の余地を与えるという作業は非常に重要ではあるものの、史実とフィクションの混在がいつしか歴史と欲望の境界を曖昧にしてしまう危険性は、これからも常に警戒していなければならない。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

最終更新:2020/11/27 19:06
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