芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国で英雄視される「義烈団」と、日本警察の攻防――映画『密偵』から読み解く、朝鮮戦争と抗日運動の歴史

2020/11/27 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 映画の冒頭でまず描かれるのは、「鍾路(チョンノ)警察署爆弾事件」の顛末だ。義烈団メンバー、キム・サンオク(映画ではキム・ジャンオクとして登場)は1923年1月、鍾路警察署に爆弾を投げ込んだとして日本警察に追われ、抵抗したものの銃撃されて死亡したとされる人物。憲兵たちが彼を追って瓦屋根の上を走り回る映画の描写はあまりにも大げさに思われるが、真冬の京城(現ソウル)を裸足で何十キロにもわたって逃げ回り、撃たれた時は膝から下が凍傷でひどい状態だったという彼の実際の死のインパクトは、映画でもそのまま描かれている「最期は“大韓独立万歳”と叫び、一発だけ残っていた弾で自ら命を絶った」という英雄神話と比べても、あながち外れてはいないかもしれない。

 この事件(別名:キム・サンオク事件)をきっかけとして義烈団への捜査が本格化し、映画と同じく上層部(映画で鶴見が演じたヒガシのモデルとなった人物の名は、当時の新聞によると「馬野」)の命令で、ファン・オク(ソン・ガンホが演じたイ・ジョンチュル)という朝鮮人警部と、橋本(映画でもハシモト。ただし、彼が日本人か朝鮮人かは不明)が上海に送られる。そこでのファン・オクとキム・シヒョン(映画ではコン・ユが演じたキム・ウジン)のやりとりは定かではなく、2人は後に、「実際には会っていない」と証言もしている。

 しかし、一つ確かなことは、ファン・オクは上海で義烈団団長のキム・ウォンボン(イ・ビョンホンが演じたチョン・チェサン)と面会をしていたということだ。この事実があったために、ファン・オクは義烈団の爆弾持ち込みに協力したとして、後に10年の実刑を言い渡されることになる。

 『密偵』というタイトルからも明らかなように、本作は主人公のイ・ジョンチュルが「実際には日本側と義烈団側のどちらの密偵だったか?」という問題を、主要なテーマにしている。韓国映画界の大スターであるソン・ガンホが演じていることからも、映画は彼が「義烈団側の密偵」=「独立運動家」であるという前提で描いているわけだが、歴史上の真偽は、いまだ不明のままだ。ファン・オク自身は「義烈団メンバーを捕まえるため、日本の警察として本分を果たしたまでだ」と訴えており、歴史学者の間でも「義烈団の逮捕に成功すれば昇進を約束されたために義烈団側の密偵を装った」というのが定説になってはいる。

 だがその一方で、1945年に日本から解放された後も、彼は義烈団と交流を続けており、その後、親日派を処罰する運動に積極的に参加していた事実もあって、定説には疑問が残るのも否めない。朝鮮戦争の際に人民軍によって連れ去られ、生死を確かめるすべのなかった彼の立場を正確に位置づけるのは難しく、このファン・オクという人物の曖昧さが、映画では絶妙な緊張感をもたらしている。歴史的評価が定まっていないがために、彼がどう描かれるか、物語がどう展開するか、観る者になかなか予想ができないからだ。

 歴史的には英雄である義烈団の一面が、韓国ではいまだにあまり知られていない理由は、ファン・オクをめぐる曖昧さもさることながら、義烈団団長であるキム・ウォンボンの存在も大きい。出番は少ないながらも、イ・ビョンホンが圧倒的な存在感を醸しているこの人物は、1916年に中国に渡って軍事教育を受けた後、三・一独立運動をきっかけに仲間たちと義烈団を結成し、団長として活躍した。鍾路警察署爆弾事件以前にも、キム・ウォンボンは釜山・密陽警察署爆弾事件(1920)、総督府爆弾事件(1921)を指示し、爆弾の性能の問題から物理的には失敗に終わったものの、日本を少なからず慌てさせ、朝鮮人の同胞たちを心理的に勇気づけたという意味で、歴史的重要性は計り知れないものがあるといえる。

 だが彼は独立後の1948年、南だけの単独政府の樹立に反対して北に渡り、朝鮮戦争では北の人民軍の指導部として参戦。北朝鮮で要職にも就いたが、1958年に金日成(キム・イルソン)から「批判的」との理由で粛清されるという道をたどる。そして、これまでのコラムでも取り上げたように、韓国にとって北朝鮮に関わる事象は長年タブー視されてきたため、朝鮮独立の英雄にほかならないキム・ウォンボンでさえ、北に渡ったという理由で長い間その存在を隠蔽されてきたのだ。

 近年のファクション映画ブームの背景には、その後の歩みにかかわらず、抗日運動に貢献した人物を発掘し、再評価しようという韓国社会の変化も大きく反映されており、それによって彼らを映画でも取り上げやすくなったことが挙げられる。キム・ウォンボンは『暗殺』(チェ・ドンフン監督、15)にも登場する人物なので、機会があれば併せて鑑賞してほしい。

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