『ザ・ノンフィクション』半年に及ぶコロナ自粛の影響「禍の中でこの街は ~新宿二丁目とコロナと私~」
「コロナ禍のナイトワーカー」が置かれた状況はこの先も明るいとはいえず、果てしなく暗い気持ちになりそうなものだが、白い部屋のベテランキャスト、かんたは明るさを忘れない気高い人に見えた。休業日が増え、不安を抱える白い部屋のスタッフを誘いバーを開くなど行動力があり、国や都の方針に対しては気持ちいいほどの啖呵を切り(前編参照)、バーでは陽気に酒を飲み「生き生きとしなきゃダメよ」と話す。
かんたは新型コロナウイルスに感染したことを関係者や撮影スタッフにも詫びていたが、感染のための対策をしながら、自分や、白い部屋のキャストたちを生かす方向を必死に模索していたのだ。それだけに「そんなに謝らなくていいのに」とも思った。
そんなかんたの仕事への情熱は、コロナ回復後も番組を見る限り変わらないように見えたが、一方で、かんたのように「生き生きと」行動できる人は多くはないだろう。
現に今、コロナが騒がれ始めた3月の頃より物事に対して「やる気」が起きなくなっている人は少なくないように思う。習慣の力というのは非常に大きいので、3月から「何かとセーブした生活」を半年以上続ければ、やる気を出しにくい状態になってしまうのも無理はない。前編の放送を見た際、新型コロナウイルスの脅威は、その毒性そのものよりも、感染したときに会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは、と「萎縮してビビること」と挙げたが、こうしてみると、「萎縮する」先にある「やる気が起きない」ことのほうが真の脅威にも思える。
やる気や、かんたの言うところの「生き生き」とした気持ちばかりは人から言われて湧き出るようなものではなく、自分の心の中からでしか立ち上がってこないものだ。やる気スイッチを押すのは、結局は自分自身だ。
しかし、「やる気や気力はコロナのせいで損なわれたのだ」というのも少し違う気がする。国語の教科書にも掲載されている、茨木のり子の「自分の感受性くらい」という詩がある。自分の気持ちが廃れていくのを時代や状況のせいにせず、自分の感受性を守るのは結局自分しかいないのだ、という手厳しくも凛々しく力強い詩だ。茨木は1926年生まれなので、戦時下の状況を読んだ詩なのかもしれない。コロナも悪いが、コロナのせいだけでもなく、コロナがたまたまあぶりだした己自身の問題もあるのだと思う。