芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

63人の被害者を出した「奴隷事件」――映画『ブリング・ミー・ホーム』が描く“弱者の労働搾取”はなぜ起こったか

2020/09/25 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

<物語>

(c) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

 看護師のジョンヨン(イ・ヨンエ)と夫のミョングク(パク・ヘジュン)は、6年前に行方不明になった息子ユンスを捜して全国を駆け回っている。2人の生活は苦しみの連続だが、それでも希望は捨てていない。だがある日、ミョングクは情報提供者を名乗る人物との待ち合わせ場所に向かう途中、交通事故に遭って命を落としてしまう。息子だけでなく最愛の夫をも失い、絶望に突き落とされるジョンヨン。そんな彼女のところに今度は、ユンスとよく似た「ミンス(イ・シウ)」という子どもが、ある島の釣り場で虐待を受けつつ働かされているとの電話がかかってくる。ユンスであることを祈りつつ、ジョンヨンが釣り場に駆けつけると、そこで彼女を待っていたのは何やら訳ありげなホン警長(ユ・ジェミョン)や釣り場の主人らだった。かたくなにジョンヨンを「ミンス」に会わせようとしない彼らを怪しみながら、ジョンヨンは自らの力で徐々に真実に近づいていく。そして息子を助け出すため、彼女の孤独な死闘が始まる……。

 自らシナリオも手掛け、本作がデビュー作となったキム・スンウ監督は、公開後、たびたび「実話を元にしたのではないか」という質問を受けたという。それもそのはず、本作の設定や構成は14年に韓国社会を驚愕させた、いわゆる「新安(シナン)郡塩田奴隷労働事件」とそっくりだったからだ。この事件は、職業斡旋業者が知的障害者と重度の視覚障害者をだまして、塩田の多い韓国西南部にある新安郡の島に売り渡し、長年にわたって監禁された彼らは、賃金はおろか食事すらろくに与えられないまま、奴隷のように働かされたというものだった。

 毎日のように暴力を振るわれ、雇い主から「殺す」と脅された彼らは、障害を持っていることもあって脱出できず、文字通り「奴隷」のような生活を余儀なくされていた。この事件が解決する糸口になったのは、一通の手紙だった。視覚障害を持つ被害者の一人が、肌身離さず隠し持っていた助けを求める手紙を、ある時ソウルの母親に送ることに成功。母親が警察に通報し、知的障害を持つ男性も一緒に保護されて無事に助かり、事件の全貌も明らかになったのだ。

 島では彼らのほかに63人もの被害者が発見されたが、置かれていた状況は皆同じだった。当時のメディアは「21世紀の韓国であり得ないことが起こった」「現代版奴隷」と大々的に報道し、そのあまりにもひどい状況に国民の怒りが高まり、塩田の経営者はもちろん、関係者全員に対する厳罰と被害者への補償を求める声が続出。しかし裁判の結果は、懲役2年あまりという軽い判決だった。さらに信じがたいことに、判決を下した裁判官はこうした労働の形態が「地域の慣行」とまで言い切ったのだった。

 この発言が意味しているのは、地域の慢性的問題だった塩田での人手不足を補う手段として「監禁・強制労働」が黙認されてきたということであり、職業斡旋業者による詐欺的な手口、塩田への人身売買、監禁・搾取、村人の協力や無関心、そして地域の警察など公権力の黙認といった構図こそが「地域の慣行」として許されてきたということにほかならない。その中で、弱き者たちの人間としての尊厳はずたずたに踏みにじられてきたのだ。地域全体がグルになって加担してきた、巨大な闇のカルテルが形成されていたといえる。

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