「兄が妹を『殴る』のは日常茶飯事」――韓国映画『はちどり』から繙く「正当化された暴力」と儒教思想の歴史
映画の最後でウニは、ヨンジ先生の命を奪った橋を見に行く。ヨンジ先生から教えてもらうことがかなわなくなったウニは、この先一人で考え、感じていかなくてはならない。韓国社会の隅々に染みついているあらゆる形の暴力、女性に加えられる理不尽な暴力に気づき、直視しなければならない。ヨンジ先生の死を、あえてあの大事故に結びつけることで、強くなっていくウニのその後を想像させるのだ。そして大人になったウニの目に、現在の韓国はどう映っているのだろうか。ウニの視点を通して本作は、今も韓国社会に根付くさまざまな形の「暴力」について問いかけているに違いない。そう考えると本作は、家族という枠の中で行われる個人間の暴力や、橋の崩落に潜む国家的暴力など、韓国社会に内在する暴力とその暴力が正当化される構造をも見せてくれた作品であるといえる。
本作は、キム・ボラ監督の処女作である。監督自身の経験に基づいた物語には、思春期特有の揺らぎがみずみずしく描き出されている。親友とのすれ違い、同性同士のほのかな憧れと残酷な心離れ、世界から顧みられない疎外感、理不尽さに満ちた社会、大人の女性との交流、そして続いていく日常……。演出、カメラワーク、出演者のキャスティング、どれをとっても出色の出来といっていいだろう。だが問題は2作目だ。韓国映画界では、デビュー作で高い評価を得たものの、その後に活躍が続かない作り手も少なくない。監督の本当の実力が試される次回作を、今から楽しみに待ちたい。
■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。