「兄が妹を『殴る』のは日常茶飯事」――韓国映画『はちどり』から繙く「正当化された暴力」と儒教思想の歴史
近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。
『はちどり』
昨今のコロナ禍で大きな打撃を受けた映画界。とりわけ、世界各国の多様で良質な映画を届ける、日本ならではの劇場システムである“ミニシアター”は、外出自粛による減収、さらには長引く休館の対応により、存続の危機に立たされた。一方で「SAVE the CINEMA」の署名運動が活発化し、「ミニシアター・エイド基金」のクラウドファンディングで前例のない金額が集まるなど、日常生活においてミニシアターが欠かせない存在であることを多くの人が再認識する機会にもなった。
各地の映画館が営業を再開した現在も、予防のため定員数を半減、また年配層の観客の減少など状況は依然として苦しい。だがそんな中、1本の映画の盛況ぶりが大きな話題になった。韓国のインディーズ映画『はちどり』(キム・ボラ監督、2019年)である。定員半減中とはいえ封切館では満席回が続出し、シネコンで拡大公開されるまでになった作品だ。
確かに世界各国の映画祭で次々と受賞した注目作ではあったが、なぜこんなに地味で、名のある俳優も出演していない韓国映画が多くの人を惹きつけたのだろうか。1994年のソウルを舞台に、中学生の少女の視点から家族・友人・学校といった日常を描いた本作は、ごく個人的な世界観を持ってはいるものの、そこには確かに韓国社会のひずみや、その時代特有の空気が横たわっている。
<物語>
1994年のソウル。餅屋を営む両親、姉のスヒ(パク・スヨン)、兄のデフン(ソン・サンヨン)と暮らす14歳、末っ子の女子中学生ウニ(パク・ジフ)は、勉強が苦手で学校も好きではないが、ボーイフレンドと仲の良い、ごく平凡な女の子。兄は優等生だがウニに対しては暴力的で、姉は不良に片足を突っ込んでいる。父(チョン・インギ)や母(イ・スンヨン)は末っ子のウニにあまり興味がないようだ。そんなある日、ウニが通う漢文塾に、新しい講師・ヨンジ先生(キム・セビョク)がやってくる。初めて自分の気持ちを理解してくれる大人に出会ったウニは、彼女のことを大好きになるが、先生との日々は長くは続かなかった。突然姿を消した先生の行方をウニが知ったのは、ソンス大橋の崩落という信じられない事故が起こってから間もなくのことだった……。
今回のコラムでは、一見、平凡な女子中学生の成長物語のように見える本作の背景に見え隠れする「韓国」について、私自身の記憶を手繰り寄せながら、この国に根付く「儒教思想」とそれに基づくさまざまな「暴力」の形を考えてみたい。