芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

光州事件の被害者・加害者の双方の苦しみを救った、韓国映画『26年』の“ファンタジー”性

2020/05/29 19:00
崔盛旭

≪物語≫

 光州事件から26年後のソウル。ヤクザのクァク・ジンベ(チン・グ)、女子射撃の韓国代表選手シム・ミジン(ハン・ヘジン)、警察官のクォン・ジョンヒョク(イム・スロン)の3人は、警備会社社長のキム・ガプセ(イ・ギョンヨン)と秘書のキム・ジュアン(ペ・スビン)の呼びかけで一堂に会す。一見何のつながりもないように見える3人だが、実は光州事件の犠牲者遺族という共通点があった。さらにジュアンもまた同じ境遇であり、キム社長は虐殺に加担した元戒厳軍で、強い罪悪感からジュアンを養子にしていたことが明らかになる。

 キム親子の目的はただひとつ。虐殺の元凶である「あの人」(チャン・グァン)を暗殺し、遺族の恨みを晴らすこと。手厚い警備によって保護されている「あの人」を暗殺するため、緻密な作戦計画を進めていく一行。そしてついに、キム親子は「あの人」との面会を果たすのだが……。

 物語からも明らかなように、本作は、被害者遺族たちによる事件の首謀者・全斗煥(チョン・ドファン)元大統領の暗殺計画を描いている。ただし映画の中に「全斗煥」という名前は一度も登場しない。すべて「あの人」と言い換えられている。だがそれでも、韓国人にとっては「あの人」が「全斗煥」であることは火を見るよりも明らかであり、存命中の元大統領の暗殺というストーリーを進めるためには、これが精いっぱいの方法だったことは想像に難くない。

 映画公開時の試写会では、全に銃口が向けられる場面で観客から「撃て!」という声が上がり、ネット上でも「まだ生きている人間の暗殺を描くなど、一体どれだけ嫌われているんだ」といった書き込みが見られた。うそでもいいから「全の死」を目撃したいと願う国民が非常に多かったことがよくわかる。

 だがそんな国民感情に反して、一度は死刑宣告を受けた人物にもかかわらず、全の暮らしは手厚く守られている。劇中でも描かれているように、24時間365日の厳重な警備に加えて、外出時は警察官の手動操作で、車がスムーズに通れるよう信号は切り替えられる。そのすべてが税金によって賄われていることは言うまでもない。

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