認知症の女性から1900万円奪った訪問介護員――「家族に相談できない」一人で抱えた悩みとは
殺人、暴行、わいせつ、薬物、窃盗……毎日毎日、事件がセンセーショナルに報じられる中、大きな話題になるわけでもなく、犯した罪をひっそりと裁かれていく人たちがいます。彼らは一体、どうして罪を犯してしまったのか。これからの生活で、どうやって罪を償っていくのか。傍聴席に座り、静かに(時に荒々しく)語られる被告の言葉に耳を傾けると、“人生”という名のドラマが見えてきます――。
【#007号法廷】
罪状:常習累犯窃盗
被告:M子(57歳)
<事件の概要>
訪問介護員(ホームヘルパー)の被告・M子は、日頃から出入りしていた利用者の80代女性・Aさん宅から銀行と信用組合のキャッシュカード2枚を無許可で持ち出し、2017年7月〜18年4月の間に4回、ATMから計124万円を不正に引き出していた。Aさんは認知症を患い家族と同居中で、記帳を行った息子が気づき、事件が発覚。また、追起訴(余罪)として、Aさんの口座から同じ手法で11回、計516万円を不正に引き出し、着服していたことも判明。報道によれば、Aさんの通帳からは合計1900万円が引き出されており、本件との関連を調べている。M子は16年にも、別宅にて同様の手口で金を引き出し逮捕されており、今回は保釈中の犯行だった。
再犯をした被告、「二つの誤算」とは?
介護が必要な高齢者の預金を、何度も勝手に引き出していたM子。生活費と、16年に逮捕された際の被害者に月20万円の賠償金を支払うため、金が欲しかったのだといいます。示談がスムーズに進むことだけを考えて、賠償金の額を支払い能力上限ギリギリまで上げるも、のちにM子の家族が2人続けて入院するという想定外のできごとが起こり、あえなく机上の弁済計画は破綻したそうです。
検察官と弁護士からの質問にか細い声で答えるM子は、体つきも小柄。このときは、杢スウェットの上下を着用していました(拘留中の被告は、この杢スウェット着用率が異様に高いです。ちなみに、保釈中でシャバから出廷できる被告は、スーツなど“襟付き”の服が多いです)。裁判所で見る被告は誰でもそうですが、映画やドラマのような“悪者っぽい人”って、あまり見たことがないんですよね。いつ自分の身近で起こるかわからないリアルさが、裁判傍聴の醍醐味なんだと再確認します。
16年の段階では、初犯だったことや賠償金をきちんと支払ったことなど、もろもろの情状を酌量され、保釈にこぎ着けたらしいM子。それなのにまた、同じ訪問介護員の仕事に戻ってしまったのが、M子の「誤算その一」といえるでしょう。犯行前と生活環境を変えることは、再犯を防ぐ上ではマストだと聞きます。なるべく早く金を稼ぐには、なじんだ仕事が一番だとは思うものの、同じ罪を犯して逮捕されているのですから、結果的には「戻っちゃダメだった」としか言えません。
それと「誤算その二」。陳述を聞いていると、どうもM子は自身の家族から、更生のための真剣な協力を得られなかったようなのです。ざっくり話をまとめると、
・16年の逮捕でM子は実姉から「縁を切る」と言われ、パニックに陥ってしまった。
・八方ふさがりになっていて、誰にも相談できなかった。それでも賠償金の支払いは毎月やってくるため、誘惑に負けてしまった。
・家族に相談しなかったのは、自分の問題だし、これ以上迷惑はかけたくなかったから。しかし、つらかった。
16年の事件後、頼れる人が誰もいないまま、M子は一人で思いつめて、精神的にも負のスパイラルに陥っていたことがわかります。