【連載】傍聴席から眺める“人生ドラマ”

自宅を燃やした弟は、ADHDだった――「もっと早くわかっていれば」兄が法廷で語った後悔

2020/01/24 21:00
オカヂマカオリ(ライター)
「東京高等地方簡易裁判所合同庁舎」Wikipediaより

殺人、暴行、わいせつ、薬物、窃盗……毎日毎日、事件がセンセーショナルに報じられる中、大きな話題になるわけでもなく、犯した罪をひっそりと裁かれていく人たちがいます。彼らは一体、どうして罪を犯してしまったのか。これからの生活で、どうやって罪を償っていくのか。傍聴席に座り、静かに(時に荒々しく)語られる被告の言葉に耳を傾けると、“人生”という名のドラマが見えてきます――。

【#006号法廷】

罪状:現住建造物等放火
被告:Y男(54歳)
逮捕に至る経緯:2018年9月15日午後3時ごろ、都内にある築40年の2階建木造スレートの借家から出火。午後4時半ごろには鎮火したものの、2階の柱などが焼失。住人である兄弟のうち、弟(Y男)が1階風呂場より救出されたが(兄は出勤していたため無事)、「自殺を試みて火を放った」と自供、逮捕。

 ADHD、社会不安障害、回避性パーソナリティ障害、社交不安障害、境界性知能などのため、仕事に就いても長続きしなかったという被告・Y男。勤務していたスーパーを17年末に退職したと、同居する兄(57歳)に言い出せず、9カ月間、貯金を切り崩して生活費の月6万円を入れていた。しかし、ついに支払いができなくなったことから、退職が発覚。それまでもY男は、詐欺に引っかかって借金を作るなどしていたため、兄からきつく叱責される。Y男はこれを機に、焼身自殺しようと思い立ち、ライターで室内に点火。弁護側によると、「犯行時、Y男は心神耗弱状態にあった」という――。

「死ぬしかない」Y男を追い詰めた生活費

 黒いスーツ、豊かなシルバーヘアのY男が手錠と腰縄をつけられて入廷。背が高く手足も長いのに、背中を丸めているので、どこかおどおどした感じでした。「生きづらさを抱えながら都会の片隅で孤独に暮らす男」といえば、どうしても映画『ジョーカー』の主人公、アーサー・フレックを重ねてしまいます。アーサーはダークサイドに堕ちてしまいましたが、Y男には兄という支えがあったので、辛うじて踏みとどまれたのでしょう。


 事件の1週間前、兄から生活費を請求されたものの、すでに蓄えが尽きていたY男。証人として出廷した兄によると、事件のきっかけになったのは「仕事を探したのか?」「ずっと寝てたのか?」と、Y男を責めたことだったといいます。「これでなんとかしてくれー!」と、「尋常じゃない様子で弟が500円玉貯金箱を差し出した」という兄の証言は、不謹慎ですが、映画のワンシーンのようでした。

 他人から見れば、たった1カ月だけ生活費を入れられないという些末なことでも、Y男は「自分はダメな人間、死ぬしかない」とまで思いつめていたわけで……。その空気の重さがヒシヒシと伝わってきます。実際に起きた事象には、フィクションを超えるものが時々あります。報道ではカットされるディテールがあらわになり、人々の思いに息が詰まる。これがたまらなくて、傍聴に足を運んでしまうんですよね。

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