女性ホームレスが交番で突然死! 「万引き犯の遺体」に対面――Gメンの「重い」経験
いつ大声を出されるか不安に思いながら、腫物を触るような気持ちで、少し酔っている様子の女に状況を説明し、一緒に駅前交番へと向かいます。駅前交番までは、歩いて5分ほど。特に女と話すこともなく、重い雰囲気の中を歩いたせいか、思ったより遠くに感じられたことが記憶に残っています。
「万引きです」
「また、あんたか。お宅の話は、もう聞き飽きたよ。少しは、調書取る身にもなってくれないかな。同じ話ばかり聞かされて、たまったもんじゃないよ……」
交番にいた警察官は、女の顔をみるなり目を背けて嫌味を言い、仕方ないといった様子でパイプ椅子を広げて女を座らせました。
「いつも世話かけて、申し訳ありませんね……」
酒のにおいが混じった大きなため息をついて、疲れ果てた様子で腰を下ろした女は、息を吸うのも苦痛だと言わんばかりに顔を歪めて目を瞑っています。私が座るところは見当たらないので、女の脇に立って現認状況を説明していると、しばらくの間、興味なさげに話を聞いていた警察官が突然に立ち上がって叫びました。
「おい! あんた、大丈夫か!?」
その声に驚いて女の方を見ると、目を見開いた状態で眼球を上方に上げたまま、天井を見上げるような姿勢で気を失っていました。慌てて頭を支えて、肩をたたき、頬を叩いて反応を探ってみるも、意識が戻る様子はありません。慌てる警察官と2人で、そっと床に寝かせて反応を窺うも状況は変わらず。もはや狼狽した様子の警察官は、声を震わせながら警察無線で救急車を要請しています。
「ちょっと難しいかもしれませんねえ」
交番に到着した救急隊員が、女の瞳孔を確認して、脈をとった後に言いました。為す術もなく、救急車で搬送されていく女を見送り、気を取り直すようにして万引きの件についての事情聴取を受けます。しばらくすると、1本の電話を受け終えた警察官が、神妙な面持ちで言いました。
「あの人、ダメだったって……。別の調べも必要になるから、ちょっと時間かかるよ。おれも残業だから、一緒に頑張りましょう」
「そうでしたか……。ごめんなさい。私、余計なことをしちゃったのかしら?」
「暴れたところを取り押さえたわけじゃないんだし、まったく問題ないから気にしない方がいいですよ。亡くなったとはいえ、悪いことしたのは、あっちなんだから」
警察署に移動して取り調べを受けていると、万引きした被疑者と故人が同一人物であることを立証するために、面通しをすることになりました。遺体安置室まで連れて行かれるのかと思いきや、司法解剖などがあるために遺体の写真でやると言います。写真とはいえ、自分の捕らえた被疑者の遺体を見るのは、これが初めてのこと。微妙な顔見知りという立場にある人の亡骸に接することが、これほど重たいことだとは思いませんでした。その夜は、我が家の食卓にカップ酒とおにぎりをお供えして、彼女の冥福を祈った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)