萬田久子風の万引き犯に「早く死ね、ばーか」と逃げられて……Gメンの犯した“完全なミス”
(あ、やばい!)
すると、間の悪いことに、エレベーターの扉が開いた瞬間、女と目が合ってしまいました。どうやら自分の感情が顔に出てしまったようで、帽子のつばに覆われた闇深い目を、じっと私の方に向けて微動だにしません。エレベーターを降りることなく、平然とした様子で扉を閉めた女は、そのまま上階に引き返していくようです。
(あの女、相当な常習者ね。一瞬で、完全に見抜かれたわ)
追わないわけにもいかず、もたもたと2階まで引き返すと、妙に軽やかな足取りでエレベーターをあとにする女の姿がありました。エレベーター脇には、バッグから戻したと思われる商品が満載されたカゴが放置されており、もはや取り返しのつかない状況です。完全なミスに呆然としていると、大胆にも私に向かって近づいてきた女が、すれ違いざまに呟きました。
「早く死ね、ばーか……」
忸怩たる思いで店の外に出て行く女の背中を見送り、放置されたカゴを回収して足を引き摺りながら事務所に戻ると、どうやら常習者の捕捉を待ち詫びていたらしい店長さんが目を丸くして言いました。
「あれ、どうした? 取っ組み合いでもしてきたの?」
「いえ、ちょっと挫いちゃったみたいで……」
「あの女は?」
「バレて、出されちゃいました。たぶん、全部あると思うんですけど……」
(せっかく見つけてやったのに、なにをやっているんだ)
そう言いたげな表情で私を見下ろした店長さんでしたが、気を取り直したように言葉を飲み込むと、女が置いていった商品の確認を始めました。未遂の被害は、計18点、合計1万6,000円ほど。生鮮食品などは、一度バッグに入れられたことを理由に廃棄処分され、化粧品などの商品は清拭した後で売場に戻されます。次々と捨てられていく高級食材を眺めながら、「捨てるくらいなら私が買い取ります」と申し出たい気持ちを堪えていると、怒りに震える店長さんの独り言が微かに聞こえてきました。
「盗まれて、ただで食わせるくらいなら、捨てちまった方がよっぽどいいよ」