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『氷室冴子とその時代』レビュー:誰より少女の自立を願っていたのに、少女小説家の“レッテル”に悩んだ作家の苦悩

2020/02/19 19:00
保田夏子

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『氷室冴子とその時代』(嵯峨景子、小鳥遊書房)

■概要

少女小説の文脈で語られることが多かった故・氷室冴子を、コバルト文庫以外の小説やエッセイを含めた作家活動、プライベートにもスポットを当て再構築した評論。当時の社会情勢や少女小説の盛衰とともに、知られざる氷室の仕事や功績を改めて見直す一冊。

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 氷室冴子は、1980年代~90年代前半に少女時代を過ごした女性にとって、なじみ深い作家の1人だ。代表作である『なんて素敵にジャパネスク』(集英社、以下『ジャパネスク』)はシリーズ累計発行部数800万部を超え、「学校中高生読書調査」では84~95年までランクインし続けた。実際、79年生まれの筆者にとっても『ジャパネスク』は、小学校高学年から中学生にかけてクラスで回し読みされていた人気シリーズで、主人公の瑠璃姫や高彬の活躍は、決して一部の漫画・小説好きのグループだけのものではなく、クラスの多くの女子にとって共通の話題だったと記憶している。

 80年代後半から湧き起こった少女小説ブームを牽引した一人であり、さらに、スタジオジブリによってアニメ化された『海がきこえる』(徳間書店)、『銀の海 金の大地』『クララ白書』(共に集英社)、など、数々のヒット作を生み出した氷室。『ジャパネスク』の大ヒットもあり、「コメディを得意とする少女小説家」というイメージも根強い。しかし、『氷室冴子とその時代』は彼女の全仕事を徹底的に解読し、イメージをアップデートさせてくれる一冊だ。さらに氷室らをきっかけとして「少女小説」がブームになり、変容した経緯も明らかにしている。

 77年、大学在学中に作家デビューを果たした氷室は、結婚を強く望む母の元を離れて経済的に独立するために、コメディ路線に作風を変え、少女向けレーベル・コバルト文庫で出版した『クララ白書』『雑居時代』(集英社)などで大きく読者の支持を集める。そして、平安時代を舞台に、あえて現代的な口語を駆使したコメディ活劇『なんて素敵にジャパネスク』シリーズで、その人気を確立することになる。本書によると、『ジャパネスク』シリーズは、2冊同時発売された際には初版で合わせて100万部近く発行されている。単純比較はできないが、2017年、村上春樹の『騎士団長殺し』(全2巻)の初版発行部数が2冊合わせて100万部だったことが出版界の大きなニュースになっていることを見ても、破格の部数であることがわかる。

 本書は、コメディ路線で人気を確立し始めた氷室が、当時死語となっていた「少女小説」という言葉を意識的に自身に冠し始めたことを指摘している。少女を作品の主題としていた小説家・吉屋信子を愛読していた氷室にとって、少女小説は思い入れの深い言葉だった。「女の子がなにものにも矯められずに生きられる世界を描くことで、私は無条件に自分の性の原型としての女の子を祝福したかった」とエッセイにつづったように、氷室の描く少女は主体的で、自身で考え行動することが魅力につながるキャラクターとして造形され、そこに当時の読者の大きな共感があった。

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