カルチャー
【特集:安倍政権に狙われる多様性ある社会】

安倍政権肝いりの家庭教育支援法とは何か?――保守派が描く「あるべき家庭像」のために親を矯正する法案の危険性

2020/02/05 13:30
小島かほり

――とはいえ、すでに8県6市で家庭教育支援条例が制定されています。

広井 そうですね。どの自治体の条例も、ほとんど同様です。まず、現在の家庭の問題を列挙し、親の「第一義的責任」と親の任務、家庭教育のあり方を定め、家庭教育を支援するための自治体、学校、地域、事業者の役割などを規定しています。親の役割や家庭教育に関する条文は基本的に教育基本法第10条に基づいているのですが、教育基本法の規定以上に親の役割を拡大させている条例が少なくありません。

 たとえば、2012年に全国に先駆けて制定された熊本県の条例第6条は、「保護者の役割」について、「子どもに愛情をもって接し、子どもの健全な成長のために必要な生活習慣の確立並びに子どもの自立心の育成及び心身の調和のとれた発達を図るよう努めるとともに、自らも成長していくよう努めるものとする」と定めています。「愛情をもって」子どもに接するとともに、自ら「成長していく」ことを親の任務として定めているのです。そのため、親は県が提供する「親としての学び」を支援する講座に参加しなくてはならず、しかも、それによって自ら「成長」しなくてはならないかのようです。

 他の条例もこの熊本県の条例によく似ているのですが、岐阜県と鹿児島県南九州市の条例は、さらに詳しく家庭教育の内容や保護者の役割を定めています。「祖父母の役割」や、子どもに対して「親になるための学び」を規定している条例も少なくありません。18年制定の埼玉県志木市の条例は、「子どもは、その発達段階に応じて、責任感を持ち、自らの生活を律するよう努めるものとする」という条文まで設けています。これは家庭教育支援の主旨から大幅に外れています。

――まるで「あるべき理想的な家庭像」を押し付けるかのような内容に驚きます。

広井 そうですね。家庭教育支援法と条例は、かつて法や政策が踏み込むことを抑制してきた家庭教育に対して、国と自治体が直接的に介入できるようにするものであり、90年代末から進められてきた政策転換の集大成ともいうべきものだと思います。つまり、子どもの教育の「第一義的責任」を親に課し、親が果たすべき任務と役割、家庭教育のあり方を定めた上で、そうした責任と任務を担うにふさわしい親へと「成長」するよう、「社会総がかり」で親を「支援」する政策だということです。

 そのため、家庭教育支援は「支援」や「学び」といいながら、親の自主的な学びではなく、親への啓蒙、啓発、矯正のための「親教育」となります。家庭教育支援がそうした発想から逃れ得ないのは、そもそも「今の親はダメだ」という認識が出発点あり、「ダメな親」を教育によって変え、問題を解決しようとする政策だからです。そうである以上、家庭教育支援は、それぞれの家庭の要望や必要に応えて家庭を支援するものではなく、家庭教育の自由や自主性、家庭の多様性を侵害して、すべての家庭をあるべき方向に誘導しようとするものにならざるを得ません。

 しかも、家庭教育支援法案や条例を見ると、法や条例によって国や自治体が求めるあるべき家庭教育のあり方や支援の方法を無限定に定め得るかのようです。法を制定する根拠も目的も定かでなく、したがって、その効果もまったくわかりません。だからこそ、家庭教育支援は近年の法や政策の中でもひときわ政治的でイデオロギッシュに見えるのだと思います。

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