カルチャー
インタビュー【前編】

【森下くるみ×伊藤和子弁護士対談】『全裸監督』黒木香さんから考える「AV女優の人権」とは

2019/12/26 19:00
池守りぜね(ライター)
(左)森下くるみさん(右)伊藤和子弁護士

  2019年の下半期、大きな話題を集めたドラマがある。それが、動画配信サービス「Netflix」のオリジナルドラマ『全裸監督』だ。AV監督・村西とおる氏の半生を描き、出演者の高い演技力や、地上波では放送できないセックスシーンなどが評判を呼び、シーズン2の制作も決定している。村西氏を語る上で欠かせない存在だったのが、80年代にAV女優として活躍した“黒木香”さんだ。横浜国立大学の学生でありながら、AV女優の肩書を持つという、当時としては特異な存在で、テレビのバラエティー番組にも多数出演し一躍有名に。『全裸監督』では、そんな彼女の半生とAV女優としての活躍が描かれている。

 しかし、黒木さんは女優引退から約10年後、「自殺未遂をした」という内容や、消息を追うような記事を掲載した複数の出版社に対し、プライバシーおよび肖像権の侵害に当たるとして、損害賠償を求める民事訴訟を起こしている。そのため、同ドラマ配信後には「黒木さんに了承を得ているのか」など、視聴者の間から疑問の声が聞こえてきた。

 Netflix側は「作品制作にあたって、村西さん同様、黒木さんご本人は関与されていません」と回答しており、世間では「無断で名前を使用するのは、人権侵害ではないか」と物議を醸すことに。そこで今回、かつてAV女優として活躍し、現在は文筆家として活動している森下くるみさんと、女性の人権問題について詳しいNGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士に取材を行い、『全裸監督』に浮上した黒木さんの人権侵害問題をどう考えるか、話を聞いた。

AV女優のプライバシー権とは?

――『全裸監督』で引退したAV女優の芸名が役名として使われていることに、どのような感想をお持ちになりましたか?

森下くるみさん(以下、森下) 架空の物語の中で別の女優が演じるとしても、AV女優時代の名前をそのまま役名にするなら、それ相当の配慮が必要じゃないですか。本人の承諾を得るとか、無理なら別名にするとか。もし、自分が知らない間に、制作されていたとしたら、ちょっと待ってくれって思います。

伊藤和子弁護士(以下、伊藤) 実際の芸名を使用していると聞いた時は、驚きましたね……。ドラマについては、「面白い」といった声も聞こえてきましたが。

――もし、無断で名前を役名に使われた場合、法律上ではどのように扱われるのでしょうか。

伊藤 プライバシー権の侵害になると思います。三島由紀夫の『宴のあと』や柳美里の『石に泳ぐ魚』(いずれも新潮社)などでモデルとなった人物が、かつて出版社に対してプライバシー権侵害を訴えていますね。このような裁判はいくつかあるので、モデル小説(実在の人物をモデルに描く)に関しては、ある程度プライバシー権と認められるか否かの基準が決まっています。黒木さんについても、過去の判例の基準を当てはめるとプライバシー件が求められると思います。今回のケースは、法律的にみると、乱暴にプライバシー権や肖像権を処理している印象を受けました。

――一般的に、引退後の女優さんがプライバシーの権利をめぐって裁判を起こしたケースは少ないように感じますが。

伊藤 そもそも裁判は、自分が動かない限り起こせないものなので、訴えたいけどできない人も実際にいます。裁判は体力的、精神的、そして金銭的にも非常に大変です。黒木さんも、10年以上前に裁判をした時は、裁判を提起するエネルギーがあったかもしれないけれど、何回も裁判を起こすことは、なかなか容易ではありません。そういった背景もあって裁判を起こしていない可能性もあり得ます。

――企業には「個人から訴訟されることはないだろう」という考えがあるのでしょうか。

伊藤 そういったケースはよくありますよね。AV女優さんの場合、労働者でもない、消費者でもない、基本的には自営業者みたいな扱いとされ、法律上の保護が労働者保護や消費者保護のようには確立されていません。私が対応していた案件は、AVに無理やり出演させる“強要問題”が多いですが、悪質なケースでは、契約書にヌードと書いてあっても、AVと明確には書いていない。それでも1回契約を締結してしまうと、契約書には「営業活動には協力しなければならない」という条項が書いてあるから、AVに出演しないと違約金が発生すると言われてしまう。違約金には明確な定めがまったくないので、言い値のケースが多く、億単位のこともありますし、とても払える金額ではありません。そのため、AVに出ざるを得なかったというのが強要問題ですが、現在はようやく問題視され、是正が図られつつあります。

――伊藤弁護士に相談される女性は、AV業界にどのような対応を求めているのでしょうか。

伊藤 最終的には賠償を求める人もいるけど、最も多いのは不本意に出演させられてしまった作品の販売や配信を止めてほしいという人で切実。自分の映像が残り続け、ネット上で拡散され続けられることは、彼女たちの意に反するんです。性行為を強要されたこと自体がトラウマですので、その映像がいつまでたっても残り続けるのがつらいといいます。

――映像が残り続けること自体が、セカンドレイプにもなり得るということですね。

伊藤 そうなんです。望まない性行為をしている自分の映像が、いつまでも世界中の人に閲覧される状況にある。過去から逃れられない苦しみを彼女たちは味わっているのです。その一番の苦しみを解くために、「全ての動画を削除してほしい」と希望されるのでしょう。

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