万引き犯に「おれと結婚してくれないか」と口説かれ……Gメンが呆れた「生活保護老人」の顛末
(やっぱり、声をかけないとダメね)
出入口脇にある駐輪場で、使い古された自転車のカゴにレジ袋を入れたカバオくんに、警戒されぬよう親しげに声をかけます。
「もう、お帰りなの? なにか、お忘れじゃないかしら?」
「ああ、あんぱん? あげるからウチで一緒に食べようよ。女房が死んでからは、おれひとりだから、大丈夫。汚いアパート住まいだけど、金はあるよ」
身分を明かすことなく声をかけてしまったのが悪かったのか、随分と勘違いしている様子のカバオくんに、あらためて用件を告げます。
「私、実は、このお店の保安員なんです。あんぱんじゃなくて、草大福とお花のこと、ちょっと聞かせてもらいたいのよ」
「ああ、花と大福は、死んだ女房の仏壇にあげるんだよ。すぐそこだから、線香でもあげてやってよ」
「そうじゃなくて、ちゃんとお金を払っていただかないと困るんですよ。ちょっと事務所まで来てもらっていいかしら」
「ああ、そうだ。うっかりしちゃったなあ。面倒だから、ここで払うよ」
カバオくんは、ズボンの後ろポケットから、使い込まれて四隅が白くなった黒革の二つ折り財布を取り出し、中身を見せつけるように財布を開くと、新券の1万円札を取り出して私に押し付けました。財布の中には、大量の1万円札が束で入っており、一見して100万円近くあるようにみえます。
「迷惑かけたから、釣りはいらねえよ」
「そういうわけにはいかないのよ。事務所で払ってもらっていい?」
「仕方ねえなあ」
事務所で身分を確認させてもらうと、カバオくんは73歳。子どもはおらず、身寄りもないそうなので、ガラウケ(身柄引受人のこと)は用意できそうにありません。被害を確認すると、計3点、合計894円となりました。財布には、90万円ほどの現金が入っており、なぜ盗んだのか気になります。
「こんなにたくさんお金あるのに、どうして払わなかったんですか?」
「お供え物にお金つかうの、もったいないじゃない。すぐダメになっちゃうし、誰も食べないから」
「そんなことしたら、仏様が可哀想ですよ。ひどいなあ」
「ああ、あんた、優しい人だな。よかったら、おれと結婚してくれないか。生活保護をもらっている関係で、安アパート住まいだけど、博打で年に1000万は稼いでるから金はあるんだ。おれと一緒にいたら贅沢できるよ」
まるで反省していない様子で、楽しそうに私を口説き続けるカバオくんに呆れた店長は、いつもなら出さない被害届を「今回は、出す」と意気込みました。これから警察対応を始めるとなると、間違いなく残業となり、経費負担が増します。早く帰宅したい一心で、再考するよう仕向けてみましたが、店長の意思を変えることはできませんでした。