『しらふで生きる』レビュー:酒、趣味、人間関係に無意識で依存している人に響く「解脱」までの日々
――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。
【概要】
大酒飲みとして知られていた作家・ミュージシャンの町田康が、「酒をやめよう」と突然思い立った。ドクターストップがかかったわけでもなく、心境の変化があったわけでもないのに、なぜ禁酒を始めたのか。習慣化されていた飲酒をどのようにやめ、禁酒で心身がどう変わったか。内面の葛藤や、精神状態の変化が饒舌につづられるエッセイ。
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「飲みに飲んで、差されれば必ず受け、差されなくても手酌で飲んで斗酒をなお辞さない」ような酒豪生活を30年間1日も休まず続けていた作家・町田康。その彼が禁酒を始めた。酒を断ってからの数年の変化をつづる『しらふで生きる 大酒飲みの決断』は、「禁酒」という行為を通して、町田氏の人生観の変遷を大真面目に、かつエンタテインメントとして描き切った一冊だ。それは、何にも依存したことのない、バランスのとれた生活を送っている人にとっては喜劇のように読めるだろう。しかし、アルコールに限らず、何かへの依存に悩んでいる人にとって、このエッセイは脱却の手がかりになるかもしれない。
大まかに「(酒を)なぜやめたか」「どうやってやめたか」「やめたらどうなったか」という3つのパートから構成された本作。酒を断って1年半弱の時点から語られる序盤は、町田康らしさが炸裂する、饒舌な「酒飲みの申し開き」だ。
「人生の目標、目的は酒を飲むことであり、すべては酒のために存在する」「飲んでいないときはただ耐えるだけ」「いずれ死ぬのに、節制など卑怯」と酒を心底愛していた町田氏にとって、「飲みたい」こそが正気で、「飲まない」が狂気だ。仕事中は飲まない、昼からは飲まないというルールを守っているから中毒ではない、と述べつつ、「飲む以外のことの価値が(略)とても低くなっている」状態の不毛さに気づいていてもアルコールを欲してしまう。そんな自身のせめぎ合いを、「飲みたい、という正気と飲まないという狂気の血みどろの戦い」と表し、徹底的に戯画化していく。
「酒飲みが意志の力で完全に酒をやめるのは重い土嚢を千袋運ぶより辛い」「『こんなに苦しいなら酒を飲むしかない』『その酒をやめてるのだ』を7秒に4回繰り返す」と、と多彩な比喩を駆使しつつ、酒への衝動に七転八倒する姿は滑稽でつい笑わされてしまうが、どこかシンパシーを感じてしまう人は多いだろう。苦しみながらも、医療機関や周囲に頼らず、どこまでも自身の内面と向き合うことで禁酒を実行し、「人生は幸福である必要はない」「他人と自分を比べることで自分の価値を計らない」という内観に帰着する過程は、おもしろおかしく描かれてはいるが、ほとんど哲学だ。