中学受験「算数」の落とし穴――最終模試で息子の偏差値を暴落させた、父親の「スパルタ塾」
塾長はお父さんに、直ちに「父能研」からの撤退をお願いし、算数と数学の思考法はまったく違うということを指摘した上で、こう言ったという。
「お父さん、受験は偏差値を上げて上位校に合格することも大切ですが、もっと重要なことがあります。それは健君に、得意の算数で、“試行錯誤しながら答えを発見する喜び”を味わわせてあげることです。どうですか? お父さんはこの2カ月、見守り役に徹しませんか?」
それから、受験本番まで、健君は塾がない日も学習室に通い、「勘」を取り戻すべく、懸命に手を動かし続けたそうだ。
塾長は、健君が教えてくれる「この問題は、こういうふうに考えてみた」という説明を、「健は大したもんだ! うんうん、このアプローチの仕方は面白い!」と大いに褒め、喜び、そして、その閃きを大切にさせるため、類題を提示したという。こうして健君は、徐々に調子を戻していったそうだ。
一方、お父さんは健君と一緒にお風呂に入りながら、自分が間違っていたことを素直に詫びたという。
「健、悪かったな……。どうやらお父さんは間違っていたようだ。今、お前がやっている算数は、限られた道具しかない状態で、どうすれば正解に辿り着けるか? ってことを考えることに意味があると、塾長先生に教えられたよ。合格も大事だが、『問題にぶち当たったとき、自分で考えて工夫できる力』っていうのは、テストでいい点を取るだけじゃなくて、人生にとっても役立つ力だと思う。お前ならやれるって塾長先生も言ってるし、お父さんもそう思うよ」
筆者が後日、塾長に話を聞いたところ、健君とお父さんの一件をこんなふうに振り返ってくれた。
「もともと、健は算数のセンスがある子だったので、自信さえ取り戻せば、残り2カ月でどうにかなると思っていました。小6の秋というのは、これまで蓄えた知識が、ジグゾーパズルのようにバラバラになりがちな時期なんです。夏の疲れもあって、たまたま成績が急降下しただけだったのでしょう。このお父さんも、一時的に迷走されましたが、息子に良かれと思って自ら勉強を見始めたとのこと。自分のやり方は間違いだったと気づき、受験勉強の意義を認め、さらに、息子に対して素直に謝ったってことですから、素晴らしいお方だと思いますよ」
健君はお父さんが理解して見守ってくれたことも功を奏し、当初から目標としていた偏差値60の第一志望校に入学し、現在、中3である。今年、彼は学園祭で仲間と共に、来年入試の算数の予想問題を発表し、教師たちを唸らせたと聞いている。