カルチャー
【特集:安倍政権に狙われる多様性ある社会】

女性やマイノリティの権利、女性運動はなぜ“後退”したのか――バックラッシュ~現代に続く安倍政権の狙いを読む

2019/12/19 21:30
小島かほり

――日本会議や安倍政権によって女性の権利が奪われかねないという危機感は、なかなか社会で共有されません。バックラッシュの全体像は一般的にまったく知られていませんし、日本型福祉社会への布石である24条改憲は、「自衛隊明記」「緊急事態条項」などの他の改憲項目に比べて報道量も少ないように感じます。

山口 マスコミ業界ではまだまだ男性が多く、例えば大手新聞社に勤める彼らは高給取りで、専業主婦を配偶者に持つ人たちも多いようです。彼らのジェンダー観は、実は日本会議と同じようなものなのではと思う時もあります。むしろ日本会議の人たちの方が、ある意味「素直」に本音を発しているといえるのかもしれません。一時期「日本会議」の研究本がブームとなりましたが、そうした書籍の筆者のほとんどが男性でした。それらの本では、「慰安婦」問題については教科書問題の項目で多少触れられているものもありましたが、フェミニズムへのバックラッシュについてはほとんど記載がなく、見落とされています。日本会議があれだけ熱を入れてフェミニズムへの反対運動に関わってきたにもかかわらず、これだけ無視されるのはおかしいと思います。

――改めて、バックラッシュというのは何を後退させたと思いますか?

山口 いろんなものを後退させたと思いますが、ひとつは行政の対応ですね。内容的には不十分とはいえ男女共同参画社会基本法ができて、これから男女共同参画に向けた社会を作っていこうという機運がありました。それがバックラッシュによって、行政の腰が引けてしまった。それまで市民がフェミニズムの講座を受けたりパンフレットを作ってみたり、男女共同参画センターを活動の場にしたりしていたのに、予算も減らされ、そういった運動がかなり後退しました。また、行政の講座も、男女共同参画との関連が不明なもの、例えば婚活講座などが男女共同参画の名のもとで行われるようにもなっています。今や、「男女共同参画」という名称も消えつつあり、「女性活躍」や「少子化対策」などに取って代わられてしまっています。

 もう一点、重要な後退としては、第一次安倍政権のもとで、06年に政権最大の成果である教育基本法の「改正」が行われたことがあります。ここで「愛国心」教育など新たな項目が入り込んできました。愛国心教育ももちろん問題ですが、この「改正」において「家庭教育」の条項(※4)を入れられたのは非常に影響が大きかった。そして、第二次安倍政権以降は、表向き政権は経済成長戦略として「女性活躍」や、「女性が輝く社会」をうたってきましたが、実際にはフェミニズム側はやられっぱなしになっている状況だと思います。安倍政権のもとで、女性やマイノリティにとって住みやすい社会になったでしょうか? 多くの女性にとっては、仕事と家事、育児、介護などさまざまな負担を抱え込みながら、ますます生活は苦しくなり、女性の間の格差が広がっている状態にはなっていないでしょうか。同じひとり親世帯でもシングルマザーの方が貧困率が高かったり、非正規雇用の比率も女性の方が圧倒的に多かったり、男女の賃金格差も続いており、多くの女性は苦しい生活を強いられています。性教育の広がりは頓挫し、選択的夫婦別姓の導入も進んでいませんし、性暴力の加害が問われない判決も相次いでいます。さらに日本軍「慰安婦」問題の解決も程遠いどころか、政権が積極的に歴史の事実の否定に必死となり、国内のみならず海外でも、「少女像」設置などの戦時性暴力の歴史を記憶する動きに圧力をかけているという状況です。

――「南京虐殺はなかった」など意図的に事実を歪曲した主張を右派雑誌に掲載し、極端な言説で支持者を広げる歴史修正主義者の動きと、バックラッシュ当時の保守派の動きは似通っています。『社会運動の戸惑い』の中で、当時の女性運動側にいた関係者の話として、バックラッシュ側が「『条例ができると男女のトイレがいっしょになります』と何度も繰り返していたことを、『そんなことに反応するのってばかばかしい』と思っていたのに、あっという間に社会に浸透した」と振り返りつつ、「わかりやすいメッセージってものすごく浸透がはやいんです」とおっしゃっていたのが印象的でした。それを踏まえると、バックラッシュから学ぶことも多いと思います。

山口 先ほども言ったように、歴史修正主義の主張を展開する人たちと、フェミニズムへのバックラッシュに関わってきた人たちは同じなので、そのやり方にも当然共通性はあります。そして、今振り返ると、当時のフェミニズムの対抗は概ね失敗に終わったと私は思っています。バックラッシュの主張を受けた形での腰の引けた反論しかできなかった。当初は相手の主張をバカにして、まともに取り合わなかった。もちろん、小山エミさんや荻上チキさんらネット上でバックラッシュ批判の言論を展開してきた人たちはいました。さらに、フェミニズム批判の主張の中に、まともに取り上げる必要がないものが多々あるのも事実で、フェミニストがそうしたものに対して必ず議論を行わねばならないとも思いません。むしろ議論に応えるえることで、土俵に乗ってしまい、相手の問題設定に縛られてしまうという問題が発生することもあります。例えば、当時、日本女性学会がバックラッシャーの主張を批判する『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』(日本女性学会ジェンダー研究会編、明石書店)を出版しました。ですが、Q&A形式を使う中で問題のありかが、ひな祭りの是非などといった保守派が設定したものにずらされてしまい、守りに入った反論しかできなくなってしまったこともありました。

 さらに、バックラッシュに対抗していく上で、フィールドワークや分析もせずに、バックラッシャーを新自由主義のもとで冷遇され、鬱憤を抱えている男性と決めつけてしまっていたのも問題でした。実際に私が会ったバックラッシャーの男性は、保守的な家庭観を持ちつつ、実は配偶者は活動的だったり、社交的だったりするケースもありましたし、フェミニズムをかなりしっかり勉強している人もいました。そして、勉強した上で、あえて効果を狙って、大げさでトンデモとも見える論を使ってフェミニズム批判をしている人もいました。男女共同参画へのバックラッシュに対抗しようとした人たちが、バックラッシュの動きが「慰安婦」問題バッシングと人脈や運動の仕方において共通点があると十分に気づけなかったことも、失敗の一因だと思います。さらに性的少数者へのバッシングも同時に起きていたのに、それに留意していたとも言い難い。私自身も含め、フェミニズム側も、バックラッシュについて誰が、どんな目的で、どんなネットワークを持っているか、彼らの主張と運動の組み立て方を冷静に分析するなど、バックラッシュ当時の対応を反省し、再検討する必要があります。

※4 新設された10条のこと。子の教育についての第一義的責任を保護者に求めている。同時に、国や自治体が家庭教育支援の名のもとに、家庭教育に介入する余地が生まれている。教育基本法の改悪や家庭条項の問題点については、次回以降取り上げる。

山口智美(やまぐち・ともみ)
モンタナ州立大学教員。専門は文化人類学、フェミニズム。アメリカにおける「慰安婦」の碑や像の設置と、それに反対する日本政府や右派団体の動向にも詳しい。共著に、『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)、『ネット右翼とは何か』(青弓社)、『エトセトラ VOL.2 特集 We Love田嶋陽子!』(エトセトラブックス)など。現在、斉藤正美と共著で『田嶋陽子論』(青土社)執筆中。

最終更新:2019/12/19 23:20
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