「老人ホームに入れるしかない」82歳の“意地悪ばあさん”、ボケるどころか……娘・息子の暗澹たる思い
「意地悪ばあさんだから、ボケるどころか長生きしますよ。数か月前にマンションのエントランスの段差につまずいて転び、大腿骨を折ったときは、これはもう歩けなくなって介護が必要になるだろうと覚悟しましたが、また歩けるようになったんですから見上げたものです」
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、真知子さんと苦笑したという。母親は最近とみに耳が遠くなったが、これでさらに「ひがむ」という新しい武器を身につけた。
「私と妹が話していると、自分の悪口を言っているとか、いつも自分にわからないことを言っているとか、ひがむようになった。骨折のあと、要支援になった母をデイサービスに行かせても、周りと話が合わないと言って行かなくなりました。そりゃ、あの性格なら友達もできるわけがありません」
さすがにこのままでは真知子さんも精神的に参るし、これ以上母親との同居を続けるのはむずかしいのではないかと考えている。となると、母親を老人ホームに入れるしかない。だが、気性の激しい母親が気に入りそうなホームがなかなか見つからないとため息をつく。
「母と妹のバトルを見ていると、幸せとか価値観は人それぞれだなとあらためて思います。母のために、妹も子どものころからずっとつらい思いをしてきたので、この辺でいい人を見つけて幸せになってほしいとも思います。それでも、前の亭主がいたころよりはまだ幸せなんじゃないかと思いたいんですがねぇ」
女、三界に家なし――稲村さんの話を聞きながら、そんなことわざを思い出した。稲村さんの母親は、幸せなのだろうか?
坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。
■【老いゆく親と向き合う】シリーズ
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・介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘
・父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル
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