「女に生まれたこと」への絶望と諦め……世界中の女性が感じる痛みを描いた映画『少女は夜明けに夢をみる』
「私はどうでもいい存在?」「私はそんなにみじめな人間なの?」
薬物依存や貧困、虐待などといった問題を抱える親に対し、目いっぱいに涙をためながら必死に愛を求める少女――。これは、イランの少女更生施設での一場面だ。そして今この瞬間、日本のどこかで起こっているであろう光景であり、悲しいことに、恐らく世界中のどこででも起こり得る光景だ。
11月2日公開の映画『少女は夜明けに夢をみる』は、強盗や殺人、売春などの罪で更生施設に収容された少女たちの内面に迫ったドキュメンタリーだ。監督は、イランを代表するドキュメンタリー作家のメヘルダード・オスコウイ氏。少女たちと会話を重ね、時にはカメラを据えて、時には少女同士のやりとりの中から、彼女たちの刺さるような言葉を引き出した。彼は、更生施設に収容された少年たちにカメラを向けた『IT’S ALWAYS LATE FOR FREEDOM』(2007)や『THE LAST DAYS OF WINTER』(11)で、イランの子どもたちを取り巻く厳しい社会状況に焦点を当てた。
『少女は~』は実に7年もの年月をかけて撮影許可を得た作品であり、「過酷」という言葉では片づけられないほどの環境を生き抜いてきた少女たちの話は、監督自身「撮影しているのが非常につらかった」と振り返るほど。宗教的な背景は違えど、彼女たちの置かれた状況は、日本の少女たちにも通じるものがある。大人として、また、子どもが生きるには過酷すぎる社会を担う人間として、私たちにできることはなにか。来日したオスコウイ氏に話を聞いた。
撮影許可に7年も費やした理由を聞くと、「毎日粘りに行っていたわけじゃないのです。ただ、数カ月に1回は政府機関に行かないと忘れられてしまうので」と笑った。なぜこの施設にこだわったのか。「少女更生施設にはカメラが入ったことがなかったですし、彼女らの生活、彼女らの気持ちを誰も伝えたことがなかった。7年でも10年でも20年でも、とにかくその扉を開けたいと思っていました。彼女らが語ったストーリーを外に見せたかったんです」。
以前カメラを向けた少年たちと、今回の少女たちにはどんな違いがあるのか。「顕著なのは、釈放後ですね。少年たちは社会に戻ると、刑務所にいたという事実を有利に使う傾向があります。『オレはこんなに強いんだぞ』と、男らしさを誇示するために。女性は逆に収容されていた過去に蓋をしないといけない。それがバレると、いろんな方面から批判を受け、暗い将来が彼女らを待っています」。
暗いのは未来だけでなく、彼女たちが歩んできたこれまでの短い人生もそうだ。例えば、「名なし」と自称する少女は、12歳のときに叔父から性的虐待を受け、強盗や売春、薬物使用にも手を染めた。更生施設からの釈放には家族の引き取りが必須だが、彼女が愛する祖母は「迎えに来て」とせがむ名なしに返事をせず、あいまいな態度を見せる。ソマイエという少女は、薬物に溺れる父が母をイスで殴る姿を見て、母・姉とともに父を殺害した。イスラム教が色濃く反映されている父権社会のイランでは、父親殺しは最も重い罪。この施設には17歳以下の少女たちが収容されているのだが、ソマイエはその若さで死刑が宣告されている。
抱えきれないほどの痛みを持っている少女たち。薬物がらみの犯罪が目立つのは、近隣国カザフスタンが世界有数の麻薬産出国で、国際売買ルートとしてイランを通過するため。近年イランでは薬物常用者が急増しており、ソマイエは「娘に売春させたお金で、クスリを買うような男が私たちの父親なの」と伏し目がちに話す。
薬物以上に少女たちの人生に影を落としているのが、性的虐待など肉親からの性暴力だ。ハーテレという少女は、姉とともに叔父から性的虐待を受けてきた。母親に相談しても「ウソつき」とぶたれ、家出。浮浪罪で施設に収容された。監督に「夢は?」と問われると、「死ぬこと」と答える。家族に裏切られ、孤立し、年齢と父権社会というイランの現状のせいで自立もままならない。八方塞がりの中で、彼女たちは絶望を深めるばかりだ。それを裏付けるかのように、彼女たちの体には自傷の痕が見られ、ノートには首つりをしている自分のイラストが描かれている。
その絶望は徐々に、「女に生まれたこと」への否定を生み出す。母の愛情を兄に独占されているマスーメは、もし自身が女の子を産んだらと問われると「殺す」と間髪入れずに答え、男の子なら「母の宝だわ」と笑顔を見せる。逆に、性的虐待を受けたハーテレは「男の子を産んだら名前は?」と聞かれると、「殺すわ」と冷笑を浮かべる。どちらも、根底にあるのは「女という性に生まれたこと」への恨みだろう。