有料老人ホーム、職員の“全員辞職”で起こった変化――「入居者を守る」の意味
山岸さんをいじめていた職員が全員辞めた後は、職員を募集しつつ、派遣スタッフを雇うなど何とかやりくりしながらしのいだという。
「ホーム長は本社から叱られたと思いますが、私には何もおっしゃいませんでした。その恩返しをしないといけないと思っています」
しかし、それまでの職員が辞めたことで、ホームは風通しのよい組織に生まれ変わった。
「職員がものを言えるようになりました。これまで主任の言うことが全てだったのが、職員から『こうした方がよいのでは』とか『レクリエーションを考えてもいいですか』など、入居者のことを考え自発的にホームの改善点を提案してくれるようになりました。その気持ちを尊重し、得意なことを生かして役割を担ってもらうようにしています」
今、山岸さんは管理職として、職員採用にもかかわるようになった。「ホームの良し悪しは職員に左右される」という信念は、これまでの経験から導き出したものだ。介護技術は入ってからでも身につくので、入居者の方への思いや人柄を重視して採用するようにしていると言い切る。
同時に、人の上に立つことの難しさも感じている。
「なあなあになってもいけないし、職員を怒るのも難しい。悩むところですが、私が常に正しいわけでもない。何か考えがあってやったことなのかどうかを判断基準にしています。職員がストレスを抱えると、虐待などにつながります。ここから介護のイメージを変えていきたいんです」
山岸さんには、もう一つ夢がある。それは入居者を一人ずつでもいいので、思い出の場所や昔住んでいた場所に連れて行くことだ。
「皆さん、最期まで家に帰りたいと思い続けていらっしゃいます。それをかなえてあげられない限り、私は後悔し続けることになるでしょう。入居者には事情を抱えている方もたくさんいます。『私の娘も、今ごろはあんたくらいになっているんだろうな』と言われることもあり、胸が痛みます。私は娘さんの代わりにはなれませんが、自分の親にしてあげたいと思うことをここで実現したいと思っています」
離婚したとき中学生だった娘は大学生になり、保育を学んでいる。
「子どもは未来に向かって成長していきますが、入居者の方の多くはよくても現状維持。でも保育と介護は似ていると思うんです。入居者の方がリハビリによって状態が改善することがあるのですが、『回復の過程と子どもの発達とは似ているね』とか、『コミュニケーションが大事なところは共通しているよね』などと、娘と会話できるようになったのがうれしいですね。これまでどんなにつらくてもがんばってきてよかった。娘に負けないよう、私ももっと学ばないといけないと思っています」
「介護は人」だ。親がどんな介護を受けるかは、介護を提供する職員次第なのだ。職員の入れ替わりが激しかったり、一度に多くの職員が辞めたりした施設は要注意だと言われているし、筆者もそう訴えてきた。が、山岸さんのホームのような例もあることを思えば、一概にそれが悪い施設だとは断言できないだろう。職員が入れ替わったことで、よい方に生まれ変わるのならば、入居者にとっても幸運だ。もし山岸さんのホームがこれまでのままだったら、入居者はどういう毎日を送っていたのだろう――。それを考えると恐ろしくもある。
坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。
■【老いゆく親と向き合う】シリーズ
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