コラム
老いゆく親と、どう向き合う?【12回】

有料老人ホーム、「入居者家族とは一切しゃべるな」新人介護士への理不尽な命令

2019/09/15 19:00
坂口鈴香

 当初は介護の世界に入ることにためらいがあったとはいえ、働こうと決めさえすれば、あとは自分が頑張れいいだけだと考えていたと山岸さんはいう。独身時代にはサービス業に従事しており、明るく気さくな性格でお客さんからもかわいがられていたので、人と接することに不安はなかった。まさか、職員間の人間関係で悩むことになるとは思ってもみなかったのだ。

「介護職員を募集していたのは、有料老人ホームでした。自宅から近いとはいえ、それがどんなホームで、評判がいいのか悪いのかも知りませんでした。採用に応募してすぐに、ホーム長と介護主任から面接を受けたのですが、そのときから女性の主任が厳しそうだなとは感じていました」

 無事採用されて働くようになると、すぐに主任からの手厳しい洗礼を受けた。

「ホームの介護職員は全員が女性で、女社会のトップに君臨していたのが主任でした。彼女が黒といえば、絶対に黒なんです。その主任に、私はなぜか最初から嫌われてしまいました。もちろん、ほかの職員はみな主任に従うので、私は完全に無視されるようになり、研修期間なのに、私に業務を教えたくないとホーム長に直談判する人もいたようです。私は、何か教えてもらうたびに『すみません』を繰り返して、ひたすら低姿勢でいるようにしたのですが、風当たりはますます強くなりました。ホーム長からは『すみませんばかり言うと、なおさら嫌われるよ』と言われたので、今度は『ありがとうございます』と言うようにしましたが、何も変わりません。いかにホームが閉ざされた空間か、嫌というほど感じました」

 理不尽な態度はエスカレートしていった。入居者の家族が面会に来たときに、その入居者の日ごろの様子を家族に伝えたのが、火に油を注ぐことになった。「新人のくせに生意気だ」と非難され、主任から「入居者の家族とは一切しゃべるな」と命令されたのだ。

「主任がほかの電話に出ていたときに、もう一つの電話が鳴ったことがありました。ほかに誰もいなかったので、私が電話に出ないと怒られると思い、電話をとったら『ほかの人としゃべるなと言ったはずだ』と怒鳴られるんです。もう何をしても叱られる。家に帰っても翌日職場に行くのが怖いんです。毎日がつらくて、泣いてばかりいました。とうとうある日、ズル休みをしてしまいました。でも娘に『ママ、仕事に行かないの?』と言われて、娘を不安にさせてはいけないと思い、休むこともできませんでした」

 ホーム長は、山岸さんの好きなアイドルの曲をホームでかけて、「見ているよ」と無言で伝えてくれたり、食堂のおばさんからは「またキツいことを言われてたね。頑張りなよ」と励まされたりしたという。しかし入居者の多くは、職員のギスギスした雰囲気を敏感に察知していたようだ。

「主任に嫌われるとホームにいられなくなると感じるのか、私を避ける入居者の方もいました」

――次回につづく(9月29日更新)

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘
父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心
認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ

【介護をめぐる親子・家族模様】シリーズ

最終更新:2019/09/15 19:00
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