カルチャー
『ぱくりぱくられし』著者・木皿泉インタビュー

「ケーキもイケメンも小さな物語。今こそ物語が必要」脚本家・小説家、木皿泉インタビュー

2019/09/08 18:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

――数字を中心に回っている世界に、フィクションがもっと増えると苦しみは和らぐんでしょうか?

木皿 今だって、いっぱいあるじゃないですか。でも、「数字」に太刀打ちできる物語が今はないということです。昔はあったんですよ。でもその物語が崩れたのが「ポストモダン」だと思うんです。家族も潰れるし、学校も病院も効率の悪い所は潰れるしかない。80年代に、こういう時代が来るぞ来るぞとずっと言われ続けてきた。けど、その時はうまくイメージできなかった。なってみて、なるほどこういうことかと思った。

――数字や効率性が優先されすぎた結果、共同体が潰れて物語を持てなくなってしまった。

木皿 やっぱり両方必要なんじゃないかな。小さいフィクションはみんな持っていると思う。その日その日、男前を見たら癒やされる、800円のスイーツで癒やされるっていうのもフィクションだから。特別なデコレーションとか、普段食べないようなチョコレートとか、こんな珍しい果物使ってます、みたいな物語がある。日常の本当にちっちゃなフィクションね。でも、それは傷口に絆創膏を貼るみたいなもので、昔みたいに大きなフィクションはもうない。「働き方改革」で余暇の時間が増えたとしても、夢をみたり希望を持ったりとか、そうしたことが極端になくなってしまっている。

――そういう意味での小さなフィクションは、今の世の中に豊富にありますね。大きなフィクションというのは?

木皿 例えば昔で言うなら「立身出世」ですよね。自分が偉くなって社会的地位も高くなる。地位が高くなって何するのかって言ったら、良い家に住んだりとか車を買ったりとか、交際費がちょっとたくさん使えるようになったから、ちょっと良いところでご飯食べるとか、そんなことしかないわけなんですけどね(笑)。たぶんそういうことに気づいちゃったのね。がんばっても、その程度の幸せなんだって。

 昔のそういう立身出世物語のような、誰もがその目標に向かってがんばるという「大きな物語」がぜんぶ崩れちゃったから、自分たちでその物語を作らなきゃいけない。みんなが信じられる、それは価値があるなぁという物語っていうか。でも、もう同じ物語を日本人全員が持つっていうこと自体が難しくなってるから。いろんな価値観があるからね。

 だから、みんなが安心して暮らせるような、誰にもしわ寄せがいかない、無理なく楽しく生きていけるような、そういう物語をどこかで作っていかないと、逃げ場所がない。イケメンを見たら癒やされるとかは、ほんとにささやかな逃げ場所だと思います。日常よりちょっとだけ盛られた感じのもの。実際にはあり得ないもの。そんなものを見て、ちょっと自分を癒やしたり、明日もがんばろうと活を入れるっていうのかな? なんか今の人たちは、そんな感じがしますね。インスタグラムも、同じなのかなって思いますね。

――インスタグラムはフォロワーの数で承認を得る一方で、手軽なフィクションでもあるんですね。

木皿 フィクションなんですよね。それは日常じゃない私。それはそれでいいんだけど、その日暮らしのバンドエイドみたいなフィクションだから。スイーツとかイケメンとかインスタグラムを絆創膏として貼り続ける中で、何年かたって「ハッ」と気づいた時に、「え! ほんとは何もないんだ」「私を支えてるものって、貯金通帳の金額だけ」とか、そんなふうになった時、「ちょっともう無理」と思う時も来たりするわけよ、人間って不思議なもので(笑)。「お金はこんなに持ってるのに不幸」みたいなことって、多分あると思うの。

 そういう意味じゃ、そのことに少しでも疑問を感じたり、不安を感じたりして、スイーツとかでやっていくのも「もう、いっぱいいっぱいです」みたいな人には、私が書いてるものもバンドエイドのようなものではあるけど、それよりもう少しだけ長く効くフィクションになればいいなって。そのためにやっているような気はします。

――木皿作品が、熱狂的に支持されているのもそうしたところにあるんでしょうね。

木皿 いやでもね、まだ必要な人に届いてないと思ってるんですけどね。私は、舞台やドラマや小説、あとアニメもつくったりしているんです。漫画原作も、話がくればたぶんやる。テレビしか見ない人、本しか読まない人、スマホだけの人とか、みんないろいろですからね。いろんなジャンルでやっていくことは、いろんな人に、自分のつくった物語を「こんなの救いになりませんか?」と提出することだと思っていて。そういう仕事の仕方も悪くないなって思っています。

木皿泉(きさら・いずみ)
和泉務と妻鹿年季子による夫婦脚本家。第22回向田邦子賞を受賞した『すいか』(03年)をはじめ、『野ブタをプロデュース。』(05年)『セクシーボイスアンドロボ』(07年)『Q10』(10年)「富士ファミリー」(16年)などのドラマを手がける。著書は『昨夜のカレー、明日のパン』(河出書房新社)『さざなみのよる』(同)『カゲロボ』(新潮社)など多数。

最終更新:2019/09/08 18:12
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