『ザ・ノンフィクション』貫禄と純粋が同居する大人の魅力『一人で生きていても… ~女60代 シェアハウス始めました~』
駅前で政治活動をしているご高齢の方たちに出くわすことがある。それらは、見ているこちらが切なくなってしまうような物悲しいものが多い。言っていることは正義なのだろうが、正義だからこそ伝わりにくく、そこに工夫が必要なのだとは全く思ってなさそうな“鈍感さ”が、物悲しいのだ。
一方、たえこが区議選の街頭演説をしていると、晩御飯を差し入れする人や、区議時代の頑張りを知っていて応援すると話す人もいた。「社会的にいいことをしているのに誰も関心を寄せてくれない」と感じる人は、たえこの魅力に学ぶところは多いと思う。
そんなたえこは、寝返りすら打てないような狭いボロアパートに住み、冬は暖房のない室温8度の部屋でマフラーをぐるぐる巻いて生活している。結構ハードな状況といえるのだが、たえこはケロッとしているので、全然つらそうに見えないし、彼女なりに工夫して暮らしているのがわかる。
しかし、そんなたえことて、シェアハウスの入居者が家賃滞納の揚げ句、汚した食器もそのままで夜逃げしたときは、当然だがガックリきていた。金銭的に苦しい状況にある人を支援するシェアハウスの運営では、こうした事態は避けられないだろう。心が折れるようなことが連続して起こっては、たえこの魅力である明るさも蝕まれていくように思う。たえこの仕事がシェアハウス一本でなく、区議会議員という“両輪”になって本当によかったと思う。
区議を借金で断念した岩井――日本の選挙の問題点「供託金」とは
たえこは区議に返り咲いたが、一方でたえこを慕い、一時期は世田谷区議会議員への出馬も検討した37歳の岩井は、熟考の末、出馬を最終的に断念する。「出馬するだけで100万円を超えるお金がかかり」とナレーションでは触れられており、過去に一度出馬し落選した岩井は、その際の借金がまだ残っている。妻からは「意欲とかだけではやっていけない」と言われ、友人も「一概にがんばれ、やれと言えない」と話していた。二人とも冷たいわけではなく、岩井の状況を心配しているのだ。
この「100万円以上」は選挙活動にかかるもろもろの費用もあるだろうが、それ以前に「供託金」の問題もある。過去に日本の選挙の問題点について『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)等の著書がある長嶺超輝氏にインタビューをしたことがある。そこで挙げられたのが供託金だ。
長嶺氏によると「選挙運動の費用とは別に、衆院選の場合は、供託金として1人300万円かかります。これは世界一高いといわれており、ヨーロッパは数万円くらいです。アメリカやフランスなど、そもそも供託金制度がない国もあります」とのこと。なお世田谷区のホームぺージを見ると、区議会選挙における供託金は30万円だった。
人口構成的に高齢者優遇になる問題点はあれど、日本においては18歳以上であれば投票はできる。しかしこの供託金問題を考えると「出馬する側」の自由度はまだまだ低い。特に「貧困の解消」をテーマにしている政治家の卵たちは岩井のように自身も貧困で苦しんだ経験を持つ人も多いはずであり、供託金という制度はそういう人たちをふるいにかけているとも言える。
選挙の問題としてクローズアップされがちな「投票率を上げること」に躍起になっている人もいるが、あまり成果が出ていないのは投票率が物語っている。それよりも供託金を減らしてさまざまな人が出馬しやすい環境を作る方が、結果的には政治に関心を持つ人が増えるのではないだろうか。
次回の『ザ・ノンフィクション』は『新・漂流家族 2019夏 ~美奈子と夫と8人の子供~ 前編』。説明不要の超人気シリーズ、美奈子の夏。
石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂