社会人2年目の夏、“模範的”銀行OLが捧げた150万円と処女の意味【足利銀行2億円横領事件・前編】
「実は君にだけは打ち明けるが、僕は国際秘密警察員なんだ。今日会ったばかりだけど、僕は君と結婚したいんだ」
これを聞いた章子は、白けるどころか、“大切な秘密を打ち明けられた”と感じ、石村への思いをますます強くしたようだ。日記には運命を感じたようなことを記している。
「石村さんから大変なことを聞いてしまった。彼が国際秘密警察官だったなんて。それも私と同じ金融関係の調査が任務っていうのも、何かの因縁なのかもしれない。彼の事は誰にも内緒にしておかなければ。もちろん友達にも」
旅行から戻ってきた章子の勤務先に数日後、石村から電話がかかる。
「僕はあなたのことが忘れられなくて」
すっかりその気になった章子は、姉が心臓の手術をしたばかりという家族の切迫した状況にもかかわらず、はしゃいでいた。浮ついた彼女を、父親がどなりつけたこともあった。しかしそんな小言も、恋の火のついた彼女の耳にはまったく響かない。
「48年8月20日月曜日
石村さんから約束通り電話がかかってきた。大宮の喫茶店で会う。身の危険が迫ってきたので組織から1日も早く逃げたいと言う。そのためのお金を150万円貸してあげることにする。初めて彼に連れられてラブホテルに入った。とっても怖かった。石村さんが普通の勤め人になれれば結婚するんだ。だからバージンをあげるのは当たり前。彼に全てをリードしてもらった。」
真面目な勤め人だった彼女は、自分の預金を引き出し、石村に渡した。石村はこう告げていたのだ。
「結婚したいんだが、実は今すぐはできない。結婚すれば秘密警察をやめなくてはならない。今やめれば命を狙われる。こんな状態から抜け出すには金がいるんだ」
章子は石村を信じきっていた。入行時15人いた同僚は、2年のうちに次々と“寿退社”し、旅行当時は女友達を含め、4人となっていた。今の時代では考えられないが、20歳の彼女に結婚への焦りがあったと言われれば、否定はできないだろう。そして、バージンと大金を捧げてから10日後に二人は日光へ旅行に行く。
「48年8月30日木曜日
石村さんから電話がある。日光の金谷ホテルで彼と待ち合わせる。203号室。部屋の中には石村さんのアタッシェケースが1つだけ置いてあった。来年の春ごろには結婚できそうだと言う。私を迎えるまでには、何とかして仕事を軌道に乗せておきたいと言ってくれた。本当に嬉しい。みんなにお姉さんと言われながらも長い間辛抱していてきた甲斐があった。
彼が私の全て。私は世界一幸福な女ね。今日は遅くなったので駅からタクシーを奮発して帰る。」
来年の春ごろには結婚できる、辛抱してきてよかった、と幸せにつづる章子。しかし、石村には、東京に妻がいた。
――後編はこちら