介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘【老いゆく親と向き合う】
在宅介護はもう無理なのではないか。母親を施設に入れる、ということが一番の解決策だ。誰もがそう思うだろう。「今のような生活を続けるのは身体的にも金銭的にも無理なのだから、お母さんを施設に入れた方がいい」と、上司からは何度も説得されているという。でも、それだけはどうしてもできないと斎藤さんは言う。
「施設の職員による虐待が、たびたび報道されていますよね。きっとそれは氷山の一角。うちの母親も何をされるかわかりません。そんなかわいそうなことは、私にはとてもできません。今利用しているデイサービスも泊まりのサービスを利用することができるので、ケアマネジャーさんからは利用してみてはどうかと言われるのですが、その施設は昼と夜とで担当職員が替わるんです。夜の担当職員は母親と会ったこともない。そんな職員に任せるのは怖いです。それに深夜の職員はたった1人。それで目が届くわけがないじゃないですか」
「施設に入れるのはかわいそう」と思い込み、自ら八方塞がりの状況をつくりだしてしまっているようだ。
気になるのが、ケアマネジャーの対応だ。本来、斎藤さんが仕事を続けることができるよう、父親や弟のことも含めてうまく采配するのがケアマネジャーの役割であるはずだが、それができていないことは問題だ。そもそも、ケアマネジャーとの信頼関係が築けておらず、今の窮状を訴えることすらできていないのかもしれない。
「上司からは、ケアマネジャーを替えてみてはどうかとも言われました。でも、良いケアマネジャーをどうやって探せばよいかがわからないんです。一日一日、生活するので精一杯。ケアマネジャーを比較検討する余裕もありません」
上司とは、そんな堂々巡りを繰り返しているようだ。上司としても社員をみすみす離職に追い込みたくないという気持ちはあるし、斎藤さんの苦悩もわかってはいるのだ。どうにかしてあげたいと思いながらも、斎藤さんの頑なな気持ちが変わらない限り、会社としても守りきれないというところまできているのではないだろうか。
閉じてしまった斎藤さんの心を開かせる効果的な言葉はないものか――。そんなことを考えていると、また施設職員による入居者虐待のニュースが飛び込んできた。
坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。
■【老いゆく親と向き合う】シリーズ
・父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
・明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心
・認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ