認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ【老いてゆく親と向き合う】
父母がホームに入ったことで、福田さんの過酷な介護生活はようやく終わりを迎えた。スタッフの声かけで、薬もおとなしく飲むようになったので、母の状態は自宅にいるときと比べるとずいぶん落ち着いた。ただ、今でも母の怒りスイッチは何かの拍子に突然入る。同じホームにいる父に怒りの矛先が向かうため、父親へのケアは欠かせないという。
父も兄も、事あるごとに「家庭的で、主婦として完璧だった母はもういない。壊れてしまった」と嘆く。
「でも、私にはそうは思えないんです」
母は明治生まれの父親に厳しく育てられ、骨の髄まで「女は男に尽くすものという封建的価値観」が沁み込んでいる、と福田さんは思う。
「私が幼い頃から、母は、父や兄を一番に立ててきましたし、私もそうすることを要求されてきました。両親は、私が結婚して家を出た後、『老後のことを考えて』という理由で、郊外の戸建てから、私の住む町の近くのマンションに越しています。それは、娘である私に老後の面倒を見てもらおうと考えてのことでした。母の持論は『家と財産は長男が継ぐのが当たり前。親の世話は、娘のお前がするのが当然』でしたから……」
男尊女卑。封建的価値観――それまで理性や建前で覆い隠され、父や兄には見せてこなかった母の偏狭な性格が、認知症になってむき出しになっただけだと、福田さんは冷ややかだ。
そういえば確かに、母親の暴言は、「お前たちは私をバカにしている」「私が死ねばいいと思っているんだろう」というものばかりだ。「財布を盗まれた」「食事をさせてもらえない」といった類いの言葉は一切ない。
だとしたら、母親も時代の被害者なのかもしれない。
坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。
■【老いゆく親と向き合う】シリーズ
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
・明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心