池袋暴走事故で親子死亡――高齢ドライバーが「免許返納」を拒む実情と、家族が抱える苦悩
今回の事故をめぐっては、家族が高齢者に対して免許返納の説得をするのが難航する実情が浮き彫りになった。立正大学心理学部教授で、『高齢ドライバー』(文春新書)の著者・所正文氏は、今回の事故を「たとえ90歳になっても、運転免許を持っているような方は、まだ体が動くうちは運転し続けたいのでしょうね。車の運転は自立の象徴であるからです。運転断念後の生活の道筋ができていれば返納を受け入れると思いますが、単に周辺者が『危ないからやめろ』と言ってもなかなか受け入れません」と語る。
確かに、「車の運転をやめるように言うのは、高齢者の尊厳を傷つけかねない行為」などといった論調で伝える新聞やテレビは多い。しかし、ネット上では「運転免許を取得できる年齢が定められているように、免許を返納する年齢も決めちゃえばいいのに」「地方だと、確かに足がなくなるって問題があるけど、免許返納ってそこまで重大なこと?」などとさまざまな声が上がっている。こうした意識の違いが、免許返納の説得を難しくさせている要因になっているのかもしれない。
また、『介護というお仕事』(講談社)などの著者である介護ジャーナリスト・小山朝子氏は、加害者が「認知機能検査に問題がなく、ゴールド免許で、息子さんも『認知症のようには思えなかった』とお話されている点が、今回の事故の特徴だと思います」と前置きしつつ、認知症でなくとも、高齢者と家族間で、免許返納の話し合いが進まなくなるケースはあるという。実際に小山氏は、「娘の『免許返納』の提案を一切聞き入れない、ゴールド免許の80代」「地方に住んでいて、生活の足がなくなるのは困ると、返納を受け入れられない90代」など、さまざまな高齢者の話を見聞きしてきた。
「個人差はありますが、老年期(おもに65歳以上)になると、性格面で変化が生じることがあります。例えば、他者の意見を聞き入れない、用心深くなるなど。若い頃は、新しいものにチャレンジしようという意欲があった人でも、年を重ねると『危ない橋を渡りたくない』と考える傾向にあります。例えば、これまで食べたことがない、聞いたこともない食材が食卓に並んでいると、『食べたくない』と言う高齢者がいますが、『これを食べるとアレルギー反応が起きるのではないか?』『病気になるのではないか?』などと考えてしまう。このような不安の背景には、配偶者や友人を失うといった喪失体験が増え、自分の命に対する不安が増していることも考えられます」
これらは“加齢性変化”といわれ、一般的に起こりうることで、苦労する家庭は少なくないという。こうした性格の変化が、少なからず免許返納の説得に影響を及ぼす可能性は否定できない。
また、ほかの人から言われたことを、「批判ではないのに『批判されている』と受け取り、攻撃的になるなど、心理的な影響が大きくなる傾向があります。逆に傷つきやすくなって、抑うつ(気分が落ち込んで何もしたくない状態)になる人もいます」。
先月11日、愛知県に住む83歳の男が、自宅に自ら放火し、警察の簡易聴取に「運転免許の返納をめぐって家族と口論になった。自暴自棄になり、死んでやろうと思って放火した」と供述していたというが、「このケースも、加齢性変化による心理的な影響があったことも考えられます」。
「高齢者に関する研究を行っていたアメリカの精神科医、ロバート・N・バトラー氏は『年を重ねると、自分を頼る、自分自身に誇りを持つ傾向がある』と示しています。“行動に強い責任感をもつようになる”ということです。免許返納をしたくないのは、『人に頼らないで、自分でできることはしたい』という意思の表れでもあるのではないでしょうか。一方、高齢者は新たな環境への適応が難しくなり、保守的傾向が強くなります。『運転しない生活への変化』に拒否感があることも考えられます」