カルチャー
[サイジョの本棚]

『私がオバさんになったよ』レビュー:“排他的な日本”を生き抜く上で、最も必要なスキルは……

2019/04/30 21:00
保田夏子

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『私がオバさんになったよ』(ジェーン・スー、幻冬舎)

■概要

 『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(同)で、アラサー女性が引っかかりがちな諸問題を軽妙に提示し、講談社エッセイ賞を受賞したコラムニスト、ジェーン・スー氏。『私がオバさんになったよ』は、彼女が「テーマを設けず自由に話したい」と思った8人の“中年”と、縦横無尽に語り合った最新対談集。

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 大型連休前の忙しさに流される中で、気がつけば「人生再設計第一世代」と定年したてのおじさんのような名札を貼られていた30代後半~40代の氷河期世代。個人的には「再設計もなにも、まだ一度もまともに人生設計したことない」という困惑はあるものの、働き方、家族の在り方、社会保険制度、何をとっても親世代のような人生を送るのは難しいだろう。『私がオバさんになったよ』は、その世代が、対話を通して自分たちの生き方やスタンスを改めて整理し、「人生後半」の先にある(はずの)明るさを信じようとする対談集だ。

 対談相手は、タレント・光浦靖子、作家・山内マリコ、脳科学者・中野信子、社会学者・田中俊之、漫画家・海野つなみ、ラッパー・宇多丸、エッセイスト・酒井順子、文筆業・能町みね子。さまざまなジャンルでオリジナルな活躍をする中年男女たちが、気の赴くままに自由に話しつつ、若さを失ったことでぶつかった壁、逆に得た視点などを気さくに語り合う。

 その中で、特に出色となっているのは、脳科学者・中野氏との対談だ。中野氏の科学的見地に、コラムニストといういわば文系の代表のようなジェーン氏の知見が加わり、今の日本を覆う「時代の空気」とその先を予見する、鋭敏な社会分析にもなっている。

 話題は多岐に広がっているが、重点的に語られたテーマのひとつは「多様性」だ。近年にその重要性が叫ばれつつ、「そのあとすごいスピードで『排他』が来たから混乱する」と漏らすジェーン氏に、仲間意識と他者への攻撃性に相関を見いだす医学研究の結果を例に挙げながら、「不寛容はいけない、仲良くしましょうって口では言うんだけど、(略)でも、この仲良くしましょうこそが不寛容の源になっている」と打ち返す中野氏。

 仲良くしようとすればするほど、他者への攻撃性が高まってしまうという前提から2人が提示する多様性への最適解は、「放置」「干渉しない」だ。「放置しつつ、社会で見守り、困っている時には助ける」というシステムを日本で成立させる困難さを踏まえた上で、それでも中野氏は「こんなに私たちが多様でなければならなかった事情がある」と、多様性が種の生存戦略として有効であることを科学的に解説する。

 多様性に乏しい種は、外的な環境変化で簡単に滅びやすい。加えて中野氏は、「集団に馴染めなかった奴ら」が人類の活動範囲を広げてきた人類史の一面も挙げる。もともと肥沃なアフリカの森の中で暮らしていた人類の祖先のうち、逸脱者=マイノリティーが森を下り、危険な狩りを始め、寒冷地や砂漠で暮らす術を編み出し、海を渡る――。「人類の歴史は逸脱者の歴史」でもあり、多様性を抱えていればいるほど、種としてタフになることが、さまざまな角度から指し示される。それは、集団の在り方としても同様だろう。

 2人は、「干渉できない者には愛着はわかない」という率直な感覚を認めつつ、他者の多様性を尊重するための第一歩として、「自分自身も多様性の一部を担っていると自覚する」ことを勧める。それは、それぞれ違う分野において働き盛りの最前線を走っていながら、若手でも大御所でもない“オバさん”同士だからこそたどり着く結論であり、対談全体に、今の日本において、社会性と多様性の両輪を走らせるための手がかりがちりばめられている。

 ほかにも、男性学を研究する田中俊之氏や『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社)の作者・海野つなみ氏との対談から、男性にかかっているプレッシャーがコインの裏表のように女性の生きづらさにつながっているという考察や、地方でも東京でも社会階層の分断・固定化が強化されている現状を見据える作家・山内マリコ氏との対談など、本書には、そこかしこに今の社会が抱える歪みと、その歪みに向かい合ってみた人の“途中報告”が詰まっている。

 さまざまな対話に通底するメッセージは、「普通はこうだから」「これまではこうだったから」などという枠にとらわれず、自分でひたすら考え抜くことの重要性だ。オバさんになった私たちは、結婚、育児、介護、病気、それぞれバラバラの事情と責任を抱えていて、中年以降の人生をどう歩むにも自分なりの解答を見いだすしかない。あまりにも漠然とした問いの厳しさに途方に暮れたとき、この本に登場する、考えることを諦めない面々の「人生、折り返してからの方が楽しい」という確信は、迷いの先にある未来におぼろげな光を当ててくれるだろう。本当はオバさんだけでなく、男女や世代にかかわらず、幅広い大人に読まれてほしい一冊だ。

最終更新:2019/04/30 21:00
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