瀬地山角氏に聞く、「SPA!」ヤレる女子大学生記事の炎上と「東大生の性犯罪問題」の背景
――先ほど、東大生の強制わいせつ事件の話が出ましたが、「ヤレる女子大生RANKING」が炎上した際、この事件を思い出す人も多かったようです。被害者はインカレサークルの飲み会に参加した女子学生で、東大生や東大大学院生ら3人が逮捕されました。犯行現場は加害者の1人の自宅マンションだったことから、「女子学生も、東大生に近寄りたいという下心があった」「マンションまでついて行った女子学生も悪い」など、被害者に批判的な意見が、男性側、女性側からも出ていました。
瀬地山 それは典型的なセカンドレイプです。男性・女性の属性だけで意見が全て決まるわけではありませんから、女性のなかにも「ついていった方も悪い」と言う人もいるでしょう。私たちは「それは違う」ということを断固言っていかなければなりません。誘いについて行こうがなんだろうが、「If it’s NOT yes, it’s NO!」……これは「明示的なイエスでない限りノー」という意味であり、それを無視したらその瞬間に犯罪となります。刑法がそのように運用されている、もしくは運用されなければならないわけです。言い換えれば「相手がノーと言わなかった」というのは、「性犯罪ではない」という言い訳にはならないのです。しかも、一度「イエス」と言っても、全て「イエス」ではありません。最後の瞬間でも「ノー」と言えば立件しなければなりません。東大では、性犯罪の防止策を取ってきたつもりでしたが、事件が立て続けに起きたということは、つまり「機能していなかった」ということ。ですので今回の4月の新入生ガイダンスでは性犯罪防止について取り扱うようにと、私が働きかけました。
――2018年12月12日、東大生による強制わいせつ事件をモチーフにした小説『彼女は頭が悪いから』のブックトークが、東大で開かれました。
※参考記事:東大新聞オンライン「姫野カオルコ『 彼女は頭が悪いから』ブックトーク」レポート ~「モヤモヤ」とともに振り返る~」(2019年2月5日)
瀬地山 私が批判された件ですね。
――先生が、同作における「東大男子の描き方」について抗議したことについて、「なぜそこにこだわる必要があるのか」と疑問の声が出ていました。
瀬地山 私の悪かった点は「東大は性犯罪防止の取り組みを強化しなければならない。今後、新入生全員に伝える仕組みを構築する必要がある。それは我々が責任を持って行うべきことであり、遅きに失したが、そうした取り組みを始めている」ときちんと伝えなかったことだと思っています。その前の準備作業の一つとして、同作のファクトチェックを始めたら、「ファクトチェックだけをしている」ように受け取られてしまいました。ゼミ生とも「ダメ出しの会」をやり、批判してもらいました。
一方で「東大生の性犯罪を防止する」という観点から見たときに、あの小説はあまり役に立たないと今でも思っています。「東大生向けに書かれたものではない」「フィクションだ」といわれれば、それまでで、そこは作者のご判断でしょう。ただ東大の描き方についておかしなところが多く、東大生の一部はとても読み続けられないのです。少なくとも事前のゼミではそういう意見がたくさん出ました。まず女子学生の比率が間違っている。寮の描写も違う。「そんな細かいことどうでもいい」とおっしゃる方もいましたが、寮は一部屋13平米で、苦学生が寮費8,000円で入るところ。「あの苦学生の狭い空間を『広い』と言うのは、おかしい」という意見が出ました。単に広さの問題ではないのです。それだけなら、そんなにこだわりません。たぶん三鷹寮の学生は読めなくなるし、それ以上に「三鷹寮生=苦学生」という東大内の常識に反して、恵まれているように記述されているので、読み進められなくなる。大学の実名を出して書くのに、ネットで「東大 三鷹寮」で検索すれば間取りまですぐわかるような簡単なファクトチェックをしなくていいのかとは思いましたが、それは作者のご判断です。
――あらためて、先生が抱いた違和感について教えていただけますか。
瀬地山 まず違和感を持ったのは、当該加害者が「心がぴかぴかしてつるつる」と、挫折感がないように描かれている点。そんなことはあり得ない。入学したらいきなり英語の成績トップ10%だけ、特別なプログラムが用意されているし、期末試験の点数によって3~4年生の進学先の学部や学科が振り分けられるというかなり強烈な競争が起きる。ほとんどの学生は挫折感を味わいます。そこで学内でうまく行かないから、“外に向かって火を吹いた”んだと私は思っています。「東大生」という言葉が意味を持つのは東大の外に対してのみですから。学内ではそういう学生は「ちゃらい」と形容されます。18年にレイプ事件を起こした東大生は、ミスター東大のファイナリストでした。
「ちゃらい」を「つるつるぴかぴか」に置き換えるとリアリティから離れすぎているし、「ちゃらい」の背後にある屈折が描かれておらず読み続けられない。さらにそれ以上にリアリティから乖離しているのが、「理Ⅰに入ったら女子カードが2枚くる」という記述です。東大男子の一番の悩みはモテないこと。加えて理Ⅰは特に女子が少なく、一番女性から縁遠い科類なので、「女子カード2枚」はあり得ません。理Ⅰの学生はこれには相当違和感を持つでしょうし、読み進められなくなる学生が多くなります。作者が作り上げた、現実ではない別世界のようなものに映ってしまいます。犯罪を犯した肝心の理Ⅰに言葉が届かないのです。そして逆に圧倒的にモテないという前提があるから、自分に女性が寄ってくる空間のなかで暴走した。モテているということが、勉強ができないことの代償行為になるわけです。
――単純に、頭のいい男性が、自分より頭の悪い女性を見下して性犯罪に走った……だけではない側面があるということでしょうか。
瀬地山 「学歴の上下関係が男女関係に影響を与えた」という広い意味で、「東大」を使っているなら、それは「東大」に限った話ではないと思います。早稲田大学でも慶應義塾大学でも京都大学でも、大学名を聞いて「へえ、すごい」と言ってもらえる大学では起きる可能性がある。ただ東大固有に発現するメカニズムを考えるなら、少し別の捉え方をする必要があると思っています。東大は入学後も点数による序列化が明確に起きてしまい、それによって進学する学部・学科が変わってしまう大学です。入学後も成績や進学先が序列として意識されやすく、だからこそ外に対してしか、大学名が意味を持たないという現象が起きやすいと思っています。劣等感の反転です。
ある東大院生の女性が、周りの男性から仲間はずれにされるという話を聞きました。よく聞けば、その女性は他大出身で、修士から東大に入ったとのこと。大学院の試験は学部入試とはかなり違うので、「学外出身者」に対してそういう言動が出てしまうとしたら、やはり“外に向かって火を吹いている”ということになります。これも劣等感の反転です。
――瀬地山先生が、『彼女は頭が悪いから』に対して抱いた疑問は、「東大生の性犯罪防止に役立つのか」という視点で読んだ上でのものだったということがわかりました。
瀬地山 あの場の発言だけで何もしなければ批判をされるのは当然です。ただ理Ⅰの学生に「この本読んで反省しろ」といってもあまり効果がないと私は考えます。理Ⅰのリアリティと乖離しすぎているからです。繰り返しますが、「東大生向けに書かれたものではない」「フィクションだ」といわれれば、「ごもっともです」と言うほかなく、それ自体に異を唱えるものではありません。ですから私は自分の仕事として、4月の新入生ガイダンスに性犯罪防止を入れるべく奔走したわけです。
3,000人を対象とするガイダンスというのは、一度には行えず、午前中計7教室に分かれて、複雑な履修制度から学生生活、保健センター、各種相談所などなどガチガチにスケジュールが入っており、そもそも新規の枠をもらうという案は相手にもされませんでした。なので、男女共同参画関連の枠に入れてもらうように働きかけ、なんとか担当の総長補佐や理事の理解と協力を得て、文案を練り……。時間はわずかですから、性犯罪の加害者となった東大生が複数いることを告げ、「明示的な合意がない性的行為は全て性犯罪」という性的同意の基本を繰り返して伝えました。構成員4万人弱の巨大な組織で、私が手を挙げて数カ月でできるのはここまでです。ただ私はあの本は肝心の理Ⅰに読み進められない学生がいるだろうと思い、違うアプローチをとったつもりです。ブックトークの場ではその説明をしなかったので、批判されたのは当然だと思います。これが私にとって現時点でできる、東大生による性犯罪の被害者となってしまった方々へのほんのわずかな罪滅ぼしです。次の性犯罪を絶対に起こさないための第一歩にしたいと思っています。