「子どもの父親はキャバクラの客」出産を知らせず、未婚で育てるシングルマザー
――事前に聞いていた話と、ことごとく食い違いますね。それはともかく、生い立ちとか家族関係について話してもらえますか? 出身は横浜ですか?
いえ、神戸です。私がまだ小さい頃、神戸で震災が起こって、それを機に一家で横浜に引っ越したそうです。震災の記憶は全然ないですね。なんで横浜だったのかも聞いてないです。横浜には別に親戚はいませんし、なんででしょうね。父親は昔も今もトラックの運転手なので、単に仕事があったからじゃないですかね。心機一転ってことで。
――出身地も違いましたね。お父さんはどんな人ですか?
コンビニに食材を運ぶトラックの運転手。夜中に出て行って昼前に帰ってくる。頑固で言い方が強い人。怒鳴ったりはしないけど、怒らせると怖いかな。普段は手は出ないけど、一回、包丁を振り回されたことがあったな。あのときは振り回した挙げ句、投げつけられました。当たりはしなかったけど(笑)。
そんな父親だから、母は普段、いろいろと我慢していたんだと思います。パートをしてたんですが、私が中学生のとき、がんが発覚しました。それ以来、3年以上、入退院を繰り返しました。
――母親が弱っていくことで、しずかさんが荒れたりはしなかったんですか?
その間、生活が大変になったとか、気持ちが落ち込んだり、生活が荒れたりしたことはなかったですよ。女の私がやんなきゃって思って、母の代わりにちょくちょく家事をやっていました。
――偉いですね。それで、お母さんが亡くなった時の様子を教えてください。
保育の専門学校に通っていて、当時は一人暮らしをさせてもらってました。授業かバイトかで外出してて、実家からの連絡に気がつくのが遅れちゃって、母親の死に目には会えませんでした。亡くなったとき、母はまだ40代。母のことを思い出すと、今でも泣きそうになります。その後、学校を中退して、キャバクラで働くようになりました。その点においては、荒れたという言葉にちょっと相応しいのかな。