ヒットメーカーが少女マンガの大前提に切り込む! 男女の“本質”を描く『素敵な彼氏』
『素敵な彼氏』とはなんとも意味深なタイトルである。なぜなら少女マンガの多くは素敵な彼氏=白馬の王子様を描いたものであるからだ。ヒットメーカー・河原和音先生の最新作『素敵な彼氏』(集英社)は2018年9月現在までに7巻が発売され、当然のごとく大人気作品となっている。タイトルの秘密、そしてその魅力はいったいどこにあるのだろう。
主人公・小桜ののかは恋に恋する高校1年生。いつか彼氏とイルミネーション輝く年末の街を歩くことが夢なのだが、高校生になれば勝手にできると思っていた彼氏は、12月になっても一向にできる兆しがない。焦ったののかは合コンに参加。そこで出会った「ははは」という乾いた笑い声が印象的な同級生・桐山直也の妙なペースに巻き込まれていき、やがて……。
河原和音先生といえばクールなモテ男子から体育会系の熱血男子まで、魅力的でバリエーション豊かな男子キャラに定評のある作家だが、今作の桐山もまたいそうでいなかった味わい深いキャラクターだ。まずなにを考えているのかわからない。内面描写はほとんどなく、右往左往するののかの隣で、桐山はいつも不敵に「ははは」と笑うばかりである。
この「なにを考えているのかわからない」系男子は、『素敵な彼氏』の掲載誌「別冊マーガレット」が古来より得意とするところではある。たとえばこのジャンル(?)の大家・くらもちふさこ先生の名作群(『いつもポケットにショパン』『東京のカサノバ』『kiss+πr2』『海の天辺』……)に登場する男子のほとんどは、なにを考えいるのかわからないがゆえにミステリアスで魅力的であったし、多田かおる先生の名作『イタズラなKiss』の入江くんなんかもまさにそれだ。知りたいと思うがゆえに人はより強くひかれてしまう。
「彼氏」を「素敵」たらしめるものとは?
本作の桐山も、その気がなさそうなふりをしておいて突然優しくしてきたり、不意にキスしてきたり、気まぐれにもほどがある小悪魔男子ぶりを披露する。しかしそれだけではない。ここがポイントなのだが、桐山は意外と話したがりなのだ。「オレ小桜さんと話すの好きなんだよね」(2巻P19)という言葉は社交辞令などではなく、彼の本心と見るべきだろう。桐谷だってののかのことが知りたい。つまり本作において、たしかに桐山はなにを考えているのかわからない存在ではあるのだが、実はひとたび桐山の側から考えてみれば、ののかもまたなにを考えているのかわからない女子なのである。
人は人を完全に理解することなどできない。性別を跨げば、その困難はより一層深まることだろう。だけど少しでも理解したいと願ったならば、お互いに理解できるよう努力し続けるしかない。それは永遠に報われることはないのだが、言葉を交わしたり、同じ時間を過ごしたり、その不断の努力こそが関係性の維持には必要不可欠なのだ。これは恋愛に限らず、あらゆる人間関係に、多かれ少なかれ必要とされることではないだろうか。
この作品が本来的に描くのは、キャラクターではなく、桐山とののかの関係性である。実はそれは第1話から予言されていて、ののかの「カレシとカノジョの間には大好きって気持ちがなきゃだめだよ」(1巻P55)という言葉は、まさに2人の「間」こそが本質であるという宣言にほかならない。「素敵な彼氏」を「素敵な彼氏」たらしめるのは、「素敵な彼女」との「間」にある気持ちであるからだ。
これは素敵な彼氏と素敵な彼女、2人の物語。お互いにとって素敵な彼氏/彼女であろうとする2人の、健気で美しい物語なのである。
小田真琴(おだ・まこと)
女子マンガ研究家。1977年生まれ。男。片思いしていた女子と共通の話題がほしかったから……という不純な理由で少女マンガを読み始めるものの、いつの間にやらどっぷりはまって、ついには仕事にしてしまった。自宅の1室に本棚14架を押しこみ、ほぼマンガ専用の書庫にしている。「FRaU」「SPUR」「ダ・ヴィンチ」「婦人画報」などで主に女子マンガに関して執筆。2017年12月12日OA『マツコの知らない世界』(TBS系)出演。