なぜ「虐待する親」「パートナーの虐待を止めない親」が生まれるのか、臨床心理士が心理状態を分析
――虐待事件において、パートナーがわが子を虐待するのを黙認、または加担する母親の心理についてもお聞きしたいです。世間では、そういった母親を「なぜ止めに入らなかったのか」「子どもを連れて逃げればよかったのに」などと、責める声が鳴りやみません。
杉山 母親がパートナーにおびえていることが多いように感じます。「恐怖」は、人間の感情の中で最も強力な感情なので、強い恐怖に支配された状況が続くと、一種の洗脳状態になってしまいます。一般的な思考なら、“恐怖対象となる人物”、つまりパートナーから「逃げよう」となるでしょうが、「逃げると、もっと怖い思いをする」と考えてしまうんです。これは裏を返せば、「パートナーのそばにいれば、今以上の恐怖にさらされる心配はない」ということですから、母親は次第に「パートナーのそばにいたい」と思うようになり、逃げたり離れたりできなくなります。
さらに、母親が他人への依存が強い傾向にあったり、ほかに自分を守ってくれる人がいない場合、1人になることへの恐怖心も加わって、「パートナーの味方をしなきゃ」という心理が働きます。パートナーを怒らせないことが目的となって、子どもを優先できなくなるんです。その結果、わが子がパートナーに虐待されていても、「母親としてこれでいいのか」などと考える余裕がなくなり、「パートナーと仲良くしていれば、私は安心」と思うに至ります。このように、“恐怖”と“安心”という心理を行き来するうち、虐待に協力的になり、止められなくなるわけです。なかには、パートナーに虐待されているわが子を「かわいそう」と思う母親もいるでしょうが、子どもを守りたくても、やはり恐怖心が勝って行動に移せないのでは。
――恐怖で支配するような男性を「嫌いになる」ことはないのでしょうか?
杉山 幸せな家庭で育った経験、また男性から大事にされた経験などがあれば、そのような男性を“嫌う”ことができると思います。しかし、そもそも家庭の温かさや愛情を知らないと、恐怖に支配され続けて思考がマヒしているので、“好き嫌い”よりも“恐怖”にウェイトが置かれてしまうんです。
――「親ならば、子どもを守ろうとするはずでは」といった見方をする人も少なくありません。
杉山 「母親には母性が備わっているから、子を守るはず」という考えは間違っていますし、そもそも“母性本能”の存在自体が幻想です。確かに、成熟した哺乳類には、赤ちゃん的な特徴(ベビーシェマ)を持つ生き物に対し、「かわいい」「何かしてあげたい」と感じるという本能が備わっているのですが、これは母親だけが持つものではありません。そもそも、なぜ母親が子どもを大切にできるかといえば、周囲から“赤ちゃんのママ”として大切にされるからこそで、母性本能によるものではないんです。母親自身が大切にされていない環境だと、ベビーシェマの働きによって、一時的に子どもをかわいがれるときはあっても、気持ちに余裕がなくなったり、負担に耐え切れなくなったりすると、子どもを大切にできなくなることがあります。