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『アイデン&ティティ』から『高嶺の花』へ、俳優・峯田和伸が獲得した“メジャー感”とは

2018/07/23 21:00

 俳優としてデビューしたのは、みうらじゅんの漫画を映画化した『アイデン&ティティ』。峯田が演じたのは80年代のバンドブームで一度売れたが、今はパッとしないミュージシャンの中島。苦しい生活の中で、自分なりのロックを追求する一方、彼女(麻生久美子)に精神的に依存しながらファンの女性にも手を出す姿を赤裸々に描いた作品で、峯田は本業がミュージシャンということを差し引いても見事な演技を見せた。

 次に峯田の演技が話題となったのは、映画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』で演じた冴えない会社員の田西敏行。本作は花沢健吾の同名漫画を映画化したもので、29歳のうだつの上がらない男が、自分の好きな女性を妊娠させて捨てた青山貴博(松田龍平)に決闘を挑むため、ボクシングを習うという話だ。普通なら、田西がボクシングを通して男として成長する様が描かれるが、付け焼き刃の特訓では、青山には歯が立たず、なおかつ自分が守ろうとしていた女性にも振り向いてもらえない暗たんとした結末を迎える。

 『アイアムアヒーロー』(ともに小学館)等の漫画で知られる花澤健吾も、峯田同様モテない男の恨み節を描いてきた漫画家で、だからこそ田西が安易にヒーローになる姿は描かず、ダメ男の現実を、これでもかと突きつける作風だった。そんな花沢の漫画で、峯田が主人公を演じるのは必然といえる組み合わせで、本作の田西も、見事なハマり役だった。

 上記の2作を筆頭に俳優としての評価は高かったが、本業がミュージシャンだったこともあり、出演作は少なかった。作品もサブカル系のマニアックな映画がほとんどで、今のようにテレビドラマに出演するようになるとは到底思えなかった。

 転機となったのは2016年にNHK BSプレミアムで放送された『奇跡の人』である。原作はウィリアム・ギブスンの戯曲で何度も映画化、舞台化されている有名な作品だ。ヘレン・ケラーという三重苦の障害を抱えた少女を家庭教師のアン・サリバンが克服させる物語を、脚本の岡田惠和は大胆に翻案。

 峯田が演じる30代後半の冴えない男・亀持一択が、シングルマザーの女性・鶴里花(麻生久美子)の一人娘で目と耳に障害がある海(住田萌乃)と向かい合うことで、人として成長していく姿を描いている。麻生演じる鶴里花との恋愛ドラマとしての側面もあるためか、『アイデン&ティティ』から時代が一回りしたと実感させられる作品でもあり、ここでの峯田は、同じようにダメ男を演じていても、どこか楽観的で、映画『男はつらいよ』シリーズで渥美清が演じた寅さんのような明るさが滲み出ていた。脚本の岡田はファンタジックなテイストで本作を描いており、峯田の役柄も民話「三年寝太郎」的な「面白いおじさん」だった。

 この流れは同じく岡田惠和が手がけた連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK)で峯田が演じた宗男おじさん(小祝宗男)につながっていく。ヒロインのみね子を支える優しくて朴訥とした宗男おじさんは、愛すべきマスコットキャラクターだが、彼自身はインパール作戦で凄惨な戦場を体験している。つまり振る舞いこそ明るいのだが、その背後には暗い影が見え隠れし、だからこそ笑っている姿が切なく映る役だった。

 『奇跡の人』と『ひよっこ』で岡田が書いた峯田の役柄は、今まで彼が演じてきた冴えない男を踏まえた上で、明るくて面白いおじさんに読み替えたものだった。その結果、今までサブカル色の強かった峯田はメジャー感を獲得し俳優のオファーは急増。そして、今や石原の恋人役を演じるようになるのだから、世の中わからないものである。
(成馬零壱)

最終更新:2018/07/23 21:00
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