『こころ』はBL、『三四郎』は草食系男子!? 漱石作品の多彩な魅力を教えてくれる『夏目漱石、読んじゃえば?』
――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。
■『夏目漱石、読んじゃえば?』(奥泉光、河出書房新社)・エッセイ
■概要
「小説を最初から最後まで全部読む必要なんてない」「物語を脇に置こう」「難しい漢字は無視する」――。つい、学生時代のように「作者の訴えたいことを受け取らなくては」と固く構えてしまいがちな「近代文学の名作を読む」という行為から離れ、夏目漱石を愛する芥川賞受賞作家・奥泉光が楽しく読む方法を伝授する、読書法指南本。
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「読書好き」だからといって、教科書に載っているような、いわゆる文豪の名作を読まなければならないわけではない。そのため、古めかしい、格式が高くて自分に関係なさそう、学生時代に読んであまり面白くなかった、そんな理由で夏目漱石を“読まず嫌い”している人も多いだろう。読まなければいけないわけではないが、触れたことのない作品には、知らない魅力が眠っていることもある。『夏目漱石、読んじゃえば?』は、“日本の近代文学史上もっとも有名な作家”である夏目漱石作品への凝り固まったイメージを鮮やかに変え、読書自体の魅力を広げてくれる1冊だ。
本書は、中学生から大人までが楽しめるように企画された「14歳の世渡り術」シリーズの中の1冊。読書自体に苦手意識がある10代にも届けようとしているため、少し鼻につくくらい平易な文体だが、読書と改めて向き合いたい大人に向けても書かれている。
「小説には正しい読み方とか間違った読み方は存在しない」と強調する奥泉氏の読書指南は、「タイトルを読んだだけでも読んだことにしていい」「忘れながら読むことだって、立派な読書」「『わからない』ことを楽しむ」と、一見極端な暴論にも読める。しかし、意図的に一番ハードルを下げたところから、少しずつ読書の楽しみを示す流れになっており、段階を踏みつつ自然と読書の質を上げることができるようになっている。
そして、「小説の読み方は自由」と前置きしつつも、著者はツアーガイドのように“こんな読み方もある”と、初心者にも取っ掛かりやすそうな入口を少しだけ提示してくれる。『吾輩は猫である』は猫が可愛いシーンだけ拾い読みしてみてもいい。無鉄砲で血気盛ん、というイメージのある『坊っちゃん』の主人公は、実は暗い、コミュニケーションが苦手な男子の物語と読めるし、『三四郎』の主人公は現代の草食系男子に通じる。『草枕』は、ストーリーを放棄して字面を鑑賞するだけでもいい。『こころ』は傑作だと思って読まない方がいいし、実はBLとして読みこむ人もいる。
現代人にも触れやすいよう、サービス精神にあふれた切り口はそれぞれ興味深いが、なにより、各作品の魅力を喜々として語る奥泉氏の姿が、漱石作品の魅力を伝えているともいえる。楽しそうな人がいる場所に人が集まるように、奥泉氏の熱狂が、時代を超えて文豪と呼ばれる漱石の底知れない引力を自然と示してくれているのだ。
「小説を読んで言葉を使う技術を獲得していくことは、自分の人生をより豊かにする」と信じる奥泉氏の読書論は、漱石作品に限らず、あらゆる本を読む際に応用できるようなヒントがちりばめられている。漱石を“読まず嫌い”している人はもちろん、読書に新しい楽しみを見いだしたい人にも薦めたい1冊だ。
(保田夏子)