「女に生まれて良かった」と思わせる官能小説——徹底した女性への寵愛を描く睦月影郎の世界
ある程度の冊数、官能小説を読んできた官能小説ファンには、数人の「お気に入り作家」ができる。「本離れ」が進んでいる昨今、定期的に新刊を刊行している官能小説家はあまり多くないけれど、その中でも固定ファンが確実に存在し、新刊を発表し続ける作家はいる。
官能小説を書くという行為は、自分自身の性欲との戦いではないかと筆者は思う。だからこそ、閉経という性欲減退の引き金となる現象の訪れる肉体を持つ女性が官能小説をコンスタントに書き続けることは難しく、性欲と一生付き合える男性の方が向いているのではないかと考えている。しかし、そんな男性たちも、若い頃のようにずっと性欲を感じることは難しい。官能小説家という仕事は、永遠に欲情し続けなければならないという、心身ともにパワーが必要な行為なのだ。
そんな中、デビューしてからずっと、その勢いが衰えずにいる作家が存在する。官能小説界の重鎮、睦月影郎氏である。23歳の時にデビューした睦月氏は、60代になった今も作品を発表し続け、今年の上半期だけでも11冊の新刊を発表している。睦月氏の作品の魅力を伝えるには、『鎌倉夫人』(二見書房)を紹介するのがわかりやすいだろう。
舞台は江ノ電が走る湘南。童貞の大学生である主人公・純司は、同じサークルに所属する先輩の亜紀と共に深夜の湘南海岸公園駅にいた。この駅には、丑三つ時になると無人の江ノ電が到着し、異世界に運ばれるといううわさがある。そのうわさ通りに到着した電車に乗り込んだ純司と亜紀は、現代の江ノ電には存在しない駅に到着する。彼らは、明治時代の鎌倉へとタイムスリップしてしまったのだ。
そこで、2人は美しい母娘と出会う。娘の里美を助けた礼にと連れられた彼女たちの家は、瀟洒な男爵家であった。そして、しばらく彼女の家で厄介になることになった純司には、さまざまな喜悦の誘惑が待っているのである——。
睦月氏の作品に共通するのは、徹底した女性への寵愛と、計り知れないほどの男性の優しさがある。決して女性を乱暴に扱わず、丁寧にひとりの女性を愛するセックス描写には、女性冥利に尽きるほどの、たっぷりな愛情が満ちている。
男性にはもちろんおすすめだが、女性にとっても「女に生まれて良かった」と思わせてくれる睦月氏の作品、ぜひ一度手に取っていただきたい。
(いしいのりえ)