SMは、なぜ人を惹きつけるのか? “危険なプレイ”を共有する先にあるもの
官能小説といえば、SMプレイは代表ともいえるシチュエーションである。しかし、その世界観は一般的には非常に縁遠い存在であり、そういった行為を実際に体験している女性はごくわずかだろう。果たして本当にSMというプレイをしている人はいるのだろうか? 都市伝説のような存在であるSMが、なぜこれほど人を惹きつけるのだろう?
今回ご紹介する『甘美なる隷従』(フランス書院)は、平凡な女性がある男との出会いにより、性に目覚め、美しく開化する物語である。
主人公の真奈美は、小さな出版社に勤めている。美大を卒業し、イラストレーターになることを夢見ていたが、才能がないことに気付き、美術を取り扱う出版社に就職した。
仕事でとある美術館に来ていた真奈美は、1枚の絵に釘付けになる。それは、緊縛された女性が恍惚の表情を浮かべている作品だ。描かれている女性の美しさに魅了された真奈美は、ふと背後に視線を感じた。視線の主は、この展覧会を企画した男・北条である。
タイトな黒のスーツに身を包み、冷酷な表情を浮かべた彼は、真奈美を喫茶店に誘う。後ろを振り向きもせずに美術館を出て行く北条を訝しがりつつも、後を追う真奈美。運転手つきの車に乗せられ、連れられた場所は瀟洒な喫茶店であった。そこで真奈美は北条に「君が欲しい」と告白される。
その後、真奈美は北条の「コレクション」を見に行くことになる。迎えに来た車が向かった先は、小さな博物館のような建物であった。北条に迎えられ、真奈美は地下室へと案内される。そこに飾られていたのは無数の女性の写真――ある者は猿轡を咥えて恍惚の表情を浮かべ、ある者は縄で縛られている――写真の女性たちはすべて、北条の愛した女であった。
サディストである北条は、彼女たちのように真奈美を「支配」したいと申し出る。そして、真奈美自身がそれを「望んでいた」と言う。北条に支配されるということは、自らの「女であること」と向き合うことだ。悩んだ末に、真奈美は北条に隷従することを選択するのだが――。
潜在的にマゾヒストへの願望を抱いていた真奈美は、北条の手ほどきにより自らの羞恥心を脱ぎ捨て、美しい女性へと開花する。それは北条のプレイによるものもあるが、彼への服従から芽生えた「恋心」も手伝っていた。
SMという、一歩間違えれば命の危険も伴うプレイを共有することにより、互いの魂をさらけ出す――そんな行為を共有できる人など、どれほど存在するだろうか。我々は、愛する人に対しても秘密や嘘などの建前をまとい、穏便に関係を続けている場合が多い。そんな平和主義な私たちにとって、SMという行為はファンタジックでありながらも、密かに憧れを抱く行為なのかもしれない。
(いしいのりえ)